後藤田 正純

後藤田 正純
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後藤田 正純(ごとうだ まさずみ、1969年8月5日 - )は政治家、警察庁長官、衆議院議員、内閣官房長官、副総理を務めた後藤田正晴は大叔父に当たる。


後藤田 正純の経歴
東京都 後藤田圭博、晃子の次男として生まれる(本籍地は徳島県吉野川市)。
大叔父の後藤田正晴や衆議院議員であった井上晋方などが親戚にいたため、幼時から政治に関心を持つ。
1988年(昭和63年)筑波大学附属駒場高等学校を卒業して、慶応義塾大学商学部入学。
プレイボーイとしても名を馳せたとされる。政治家になることを考え、後藤田正晴の秘書として選挙を手伝う。三菱商事に入社。
「政治家は社会経験をしてからなるべきだ」という後藤田正晴の信条による。
1998年(平成10年)退職。

2000年(平成12年)第42回衆議院議員選挙に徳島3区から自由民主党公認で立候補し、当選する。

2003年(平成15年)第43回衆議院議員総選挙で再選。
話題となる。
第3次小泉改造内閣では内閣府大臣政務官(金融庁担当)となる。

2006年(平成18年)内閣府政務官を辞任した。
辞任の理由は、貸金業規制法の改正案が直前に業界寄りに修正された事への抗議である。

後藤田 正純の政治姿勢
落選中の山崎拓自民党前副総裁が衆議院福岡2区補欠選挙の候補者となったことについて、反発、批判をしている。
多重債務者の激増にもかかわらず、利息制限法は必要ないと発言し、物議をかもしてが、その後、徹底的に消費者保護の立場に立ち貸金業規制の先頭に立ち活躍したが、9年にも及ぶ高金利の温存案を提出した金融庁案に抗議し政務官を辞職した。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への経済制裁に反対している自民党の数少ない国会議員の1人である。