上重 聡
上重聡は、日本テレビアナウンサー。
上重聡の人物
1998年のPL学園時代に夏の甲子園準々決勝で松坂大輔(横浜高校→西武)と延長17回を投げ(先発は同じ3年の稲田投手、上重自身は7回から登板)、敗れたことで有名となった。
立教大学時代には、右ひじを傷めたこともあり一時は野手に転向したが、2年のときに投手に復帰。2000年10月22日に、東京六大学秋季リーグの対東京大2回戦でリーグ2人目の完全試合を達成した。この時のウイニングボールはサイン入りで野球体育博物館に展示されている。
プロ球界からも注目されたが、2003年に日本テレビに入局。
2004年9月2日に放送終了したサブキャスターとして出演していた。
2005年2月7日、番組の企画で萩本欽一率いる社会人野球クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」のトライアウトに参加、古傷との兼ね合いもあり、萩本に気に入られたことから、“監督枠での入団”となった(茨城ゴールデンゴールズのホームページによると、現在は所属していない模様)。
同じ八尾市・PL学園出身の桑田真澄(読売ジャイアンツ)を尊敬している。
第1回WBCの決勝の中継が日本テレビというリポーターとして優勝を伝えた。
その際、決勝だからということで自らの最高のスーツで試合に臨んだが、そのまま試合後のシャンパンファイトまで中継することとなり、代表に松坂をはじめとする同年代(いわゆる松坂世代)が多かったことも一張羅をシャンパンまみれにされる羽目に。松坂が上重に「何でスーツなの?」と突っ込む一幕も(これは各スポーツ新聞でも取り上げられた。また、レギュラー出演している『スポんちゅ』でキャスターの長嶋一茂に(スーツを着てシャンパンファイトに参加したことを)怒られたという話も大変有名)。選手と仲のいい上重ならではのリポートとなった。2006年8月13日放送分では、アナウンサー大喜利にも挑戦している。
上重聡の人物
1998年のPL学園時代に夏の甲子園準々決勝で松坂大輔(横浜高校→西武)と延長17回を投げ(先発は同じ3年の稲田投手、上重自身は7回から登板)、敗れたことで有名となった。
立教大学時代には、右ひじを傷めたこともあり一時は野手に転向したが、2年のときに投手に復帰。2000年10月22日に、東京六大学秋季リーグの対東京大2回戦でリーグ2人目の完全試合を達成した。この時のウイニングボールはサイン入りで野球体育博物館に展示されている。
プロ球界からも注目されたが、2003年に日本テレビに入局。
2004年9月2日に放送終了したサブキャスターとして出演していた。
2005年2月7日、番組の企画で萩本欽一率いる社会人野球クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」のトライアウトに参加、古傷との兼ね合いもあり、萩本に気に入られたことから、“監督枠での入団”となった(茨城ゴールデンゴールズのホームページによると、現在は所属していない模様)。
同じ八尾市・PL学園出身の桑田真澄(読売ジャイアンツ)を尊敬している。
第1回WBCの決勝の中継が日本テレビというリポーターとして優勝を伝えた。
その際、決勝だからということで自らの最高のスーツで試合に臨んだが、そのまま試合後のシャンパンファイトまで中継することとなり、代表に松坂をはじめとする同年代(いわゆる松坂世代)が多かったことも一張羅をシャンパンまみれにされる羽目に。松坂が上重に「何でスーツなの?」と突っ込む一幕も(これは各スポーツ新聞でも取り上げられた。また、レギュラー出演している『スポんちゅ』でキャスターの長嶋一茂に(スーツを着てシャンパンファイトに参加したことを)怒られたという話も大変有名)。選手と仲のいい上重ならではのリポートとなった。2006年8月13日放送分では、アナウンサー大喜利にも挑戦している。