向井亜紀

向井亜紀
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向井亜紀 0

向井亜紀は女優・タレント。

本名高田 亜紀。

向井亜紀の夫はプロレスラーの高田延彦。埼玉県大宮市出身。夫婦共に酒好き。


県内有数の進学校である埼玉県立浦和第一女子高等学校を経て、日本女子大学家政学部家政理学2部生物系卒業


向井亜紀の来歴
ミスDJリクエストパレードでデビュー。
アイドルとしてグラビア・写真集で活躍。トレンディードラマなどにも出演。レギュラー回答者として出演。同じレギュラー回答者だった石田純一と共に、司会の萩本欽一とレギュラー回答者のザ・ドリフターズのメンバーから事を教わる。この番組がきっかけで、お茶の間に名前と顔が知られる。 1994年、プロレスラーの高田延彦と結婚。
2000年、妊娠するも子宮頸がんが発見され、出産を試みようと主治医にかけあい縮小手術を試みるが最終的に出産を諦める。
その後、アメリカで代理母出産の可能性を探り、2003年代理出産により双子の子どもを授かる。実子として出生届を出すも受理されず、法務省と係争中である。※現在は養子縁組をしている。 2006年9月29日、東京高裁は双子の子供の出生届ついて品川区長に対し命令を出した。
※9月30日現在品川区がこの東京高裁の命令に従うのか、上告を行うのかは不明。 代理母出産成功以前は、自身のHPで「私たちにプライベートはないのか」という旨の発言をし、マスコミにやや過剰に反応していた傾向があった。
代理母出産に関しては当時からワイドショーを含む報道機関に劇的な扱いを受け、過熱報道が見受けられたため。 代理母出産に関してはプライバシーアウト(代理母について代理母本人の承諾を得ずに記事にしてはならない)という法律があり、向井が気にしていたのは代理母シンディとその家族に迷惑がかかるかどうかという点だったと思われる。
向井もシンディに関する記述については最小限にとどめるべきであったかもしれない。向井は代理母出産に関する一連の行動をもれなく記述したいという意図があった。そのため著書の内容でプライバシーに触れている点を除けば詳細なドキュメンタリーとして読める。 出生届の不受理理由は、母子関係は、客観性・明確性の観点から分娩した者と子との間に認めるものであり、それに該当しない場合は養子制度によって対処するべきものと定められているからである。
代理出産ののち、「(子どもに)アメリカ国籍をプレゼント」という発言をした。
出生当時、生まれた双子はアメリカ国籍であった。意図は悪意あるものではない。 妊娠時〜出産後に、マスコミに対応や法務省に対する批判、自身のWebサイトでの本人書き込みなどから誤解を受けることもあったが、最近はそのような誤解を受ける言動は控えられている。
向井は双子に出来るかぎりしたいという意図のもと、法務省のお役所的な対応に可能な限り食い下がった。シンディの身辺が調査されるなど、向井にとっては理解できない内容もあった。代理母出産による一連の行動は不妊に悩むカップルに希望を与えた。
代理母出産に挑戦した際の向井の年齢と条件(対応できる医師や施設の確保)を考え合わせると成功はかなり難しいとみられていたが、さまざまな困難を乗り越え奇跡的に成功した。ブログに向井や高田の批判的意見を書き込むと、該当するコメントは削除される。
日記と仕事の宣伝を混ぜたようなものとして扱っている。意見があるが、向井は一個人として代理母出産を試みたのであり、社会的に代理母出産に対して説明の義務がわけでは無い。向井個人を代理母出産の象徴とみなして非難や批評を書き込む人がいるが、それはお方違いである。 向井はあまり強調していないが、彼女自身もがん患者術後であり現在も後遺症とともに生きている。


向井亜紀の書籍
「16週 あなたといた幸せな時間」(ISBN 459403084X) 「プロポーズ 私たちの子どもを産んでください。」(ISBN 4838714084) 「会いたかった 代理母出産という選択」(ISBN 4344004558) 「おしゃべりなからだたち 向井亜紀式交友録」(ISBN 4575291366)


向井亜紀の写真集
「褐色のままで」1988年 「向井亜紀 Memories」1989年