ディープインパクト
ディープインパクトは、競走馬。
デビュー以来無敗で2005年の皐月賞、東京優駿(日本ダービー菊花賞に勝利し、ナリタブライアン以来11年ぶり史上6頭目、21世紀に入ってからは牡馬クラシック三冠を達成した。デビューから無敗での三冠制覇はシンボリルドルフ以来21年ぶり史上2頭目の快挙であった。有馬記念では初黒星を喫するもその年のJRA賞では年度代表馬および優秀3歳牡馬に選出された。
ディープインパクトの
父サンデーサイレンスは日本競馬史上に残る種牡馬。
ディープインパクトの
母ウインドインハーヘアはアラルポカルに優勝し、エプソムオークスでも2着に入った。半姉に、2003年にデビューから無傷の5連勝を飾り、6戦目のスプリンターズステークス4着を引退したレディブロンド(父シーキングザゴールド)、全兄にスプリングステークスを制したブラックタイド、全弟に2005年の東京スポーツ杯2歳ステークス3着のオンファイア。曾祖母ハイクレア(Highclere)は、エリザベス女王が所有し、1000ギニー、ディアヌ賞を勝ちキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス2着の名牝だった。この一族からはNHKマイルカップなどを制したウインクリューガー、2006年のマーメイドステークスを制したソリッドプラチナムがいる。ノーザンファームで生まれたディープインパクトは0歳時にセレクトセールに上場され、全兄ブラックタイドと同じ馬主である金子真人に7000万円で落札された。
馬体の薄さが嫌われてか上場されたサンデーサイレンスの産駒14頭のうち9番目の落札価格だった。この時、金子はその毛色と瞳の輝きに衝撃を受け、購入を決めたという。衝撃を与える馬になって欲しいと思いを込め「ディープインパクト」と名付けた。
ディープインパクトの経歴
2歳、3歳2004年12月19日阪神競馬の2歳新馬戦(芝2000m)でデビュー。
上がり3ハロン(=600m)を33秒1で駆け抜け、2着のコンゴウリキシオー(後に重賞きさらぎ賞・金鯱賞を制す)に4馬身の差を付けて優勝。京都での若駒ステークスは直線で突き抜け5馬身勝利。
この勝ちっぷりで、ディープインパクトの名が一気に全国区となった。中山での弥生賞。関東では初出走となったが京成杯を制したアドマイヤジャパン(2着)以下に勝利し、最有力馬に躍り出る。
第66回皐月賞では、レース開始直後に躓き落馬寸前まで追い込まれ後手を踏み、最後方からの競馬になるが、ライバルを横目に最後は2着のシックスセンスに差をつけ勝利。
勝利ジョッキーインタビューで武豊は「いや、もうパーフェクトですよ。走っているより飛んでいる感じだったんで」と言葉を残した。皐月賞制覇はアグネスタキオン以来、史上16頭目。レース後の記念撮影で武豊は指を1本立てた(シンボリルドルフの三冠競走で主戦騎手であった岡部幸雄が行ったパフォーマンス)。
初出走となったが単勝支持率は73.4%(オッズは1.1倍)とハイセイコーの持っていた当競走における単勝支持率最高記録を更新する人気となった。スタートは、皐月賞同様に後方からだったがその人気を裏切ることなく2着インティライミに5馬身の差をつけて、前年のキングカメハメハに並ぶ2分23秒3のレースレコードタイで優勝し、史上6頭目1992年のミホノブルボン以来となる無敗の二冠を達成した。レース後の記念撮影で武豊は指を2本立てた。
秋初戦と阪神での神戸新聞杯ではレースレコードを更新する1分58秒4の勝ちタイムで勝利。
2005年10月23日京都競馬場にて、菊花賞そして三冠のかかった第66回菊花賞。
前々日発売の金曜日時点での単勝支持率が90%を超えるなど、まさにディープインパクト一色となった。レースではスタート後からホームストレッチを過ぎるあたりまでかかり続けた(武豊の証言によれば、一周目のゴール板を正規のゴールと勘違いしてしまったとのこと)。向こう正面では落ち着きを取り戻し、直線に入ってからは先に抜け出したアドマイヤジャパンを上がり3ハロン33秒3の脚で交わし2馬身差をつけて優勝、史上2頭目の無敗での三冠馬となった。レース後の記念撮影で武豊は指を3本立てた。
菊花賞の単勝支持率はこの支持率は菊花賞としては史上2位、菊花賞優勝馬としては史上最高であった。
単勝の配当は100円に対して100円で、GI級競走での元返しは1965年天皇賞(秋)のシンザン以来、40年ぶりの記録となった。入場者数は前年の同レースと比べて182%となる13万6701人を記録し、菊花賞記録となった。入場者記録としては、レディース待遇のあった1995年のエリザベス女王杯に次ぐ、史上2位の記録である。馬券の売り上げも前年比112.2%を記録した。全ての馬券において、ディープインパクトが絡んでいる馬券は、売り上げの89%を超えた。
第50回有馬記念(2005年12月25日撮影 ハーツクライの2着に敗れ、連勝記録が『7』で途絶える)ディープインパクトは菊花賞後に史上初となる無敗でのグランプリ制覇がかかった、古馬と有馬記念に出走した。
レース当日の中山競馬場には、16万人もの大観衆が押し寄せ、単勝オッズは1.3倍を記録したが、ハーツクライの前に2着に敗れ8戦目にして初黒星を喫した。
JRA賞選考委員会の記者投票では優秀3歳牡馬には満票(291票)で、年度代表馬では285票(残り6票はディープインパクトに初黒星をつけたハーツクライ)を獲得し、それぞれ選出された。
4歳
2006年初戦は阪神大賞典。
トウカイトリックを寄せ付けず3 1/2馬身の差で優勝。ゴール前では武豊が手綱を弛める余裕が順調なスタートを切った。
4月30日、続く本番の天皇賞(春)ではスタートでは前年の皐月賞、東京優駿(日本ダービー
同様に出遅れたが、道中は最後方から2番手の位置で折り合いをつけ、3コーナー付近から進出を開始し、4コーナーで先頭に起つとそのまま後続を寄せ付けず2着のリンカーンに3 1/2馬身の差を付け優勝、75.3%のレース史上最高の単勝支持率に応えた。勝ち時計は3分13秒4で、第115回競走でマヤノトップガンが記録した3分14秒4のレコードを1秒更新した。レース後の記念撮影で武豊は指を4本立てた。この時に2着に入ったリンカーンに騎乗した横山典弘をして、(リンカーンは、生まれた)時代が悪かったと言わしめるほどの内容だった。
5月8日、凱旋門賞出走に向けた海外遠征プランが発表され、その前哨戦として6月25日に京都競馬場で開催される第47回宝塚記念に出走することとなった。
事前に行われたファン投票では89,864票を集め1位となり、単勝支持率も天皇賞(春)に続きレース史上最高の75.2%をマークした。当日の京都競馬場は雨で馬場が悪くなっていたが後方から進出を開始、直線では馬場外目を鋭く伸び2着のナリタセンチュリーに4馬身差を付け優勝した。同競走を優勝したことで史上7頭目にして史上最速の(収得賞金額)10億円ホースとなった。レース後の記念撮影で武豊は指を5本立てた。
7月10日、IFHA(国際競馬統括機関連盟)から発表された「トップ50ワールドリーディングホース」で125ポンドに評価され、前年の凱旋門賞優勝馬で当年はタタソールズゴールドカップ(愛G1)に勝利したハリケーンラン、また前年のブリーダーズカップ・ターフの覇者で当年はコロネーションカップ(英G1)を制したシロッコと並び、ランキングが設立された2003年以降、日本馬として首位にランクされた。
8月9日、凱旋門賞出走のために帯同馬のピカレスクコート(牡4 栗東:池江泰寿厩舎)と共に出国し、フランスに到着した。
10月1日、凱旋門賞は8頭という史上2番目の少頭数で行われた。
好スタートを切ったディープインパクトは、道中2〜3番手の位置でレースを進め、最後の直線では勝利したレイルリンクとプライドの3歳馬に交わされて3着だった。
競走成績
年月日 開催 競走名(グレード) 枠・馬番 オッズ 着順 距離 タイム(上り3F) 着差 騎手 勝馬/(2着馬) 2004 12. 19 阪神 2歳新馬 4枠4番 1.1(1人) 1着 芝2000m(良) 2:03.8(33.1) 4馬身 武豊 (コンゴウリキシオー) 2005 1. 22 京都 若駒ステークス 4枠4番 1.1(1人) 1着 芝2000m(良) 2:00.8(33.6) 5馬身 武豊 (ケイアイヘネシー) 3. 6 中山 弥生賞(GII) 8枠10番 1.2(1人) 1着 芝2000m(良) 2:02.2(34.1) クビ 武豊 (アドマイヤジャパン) 4. 17 中山 皐月賞(GI) 7枠14番 1.3(1人) 1着 芝2000m(良) 1:59.2(34.0) 2 1/2身 武豊 (シックスセンス) 5. 29 東京 東京優駿(GI
3枠5番 1.1(1人) 1着 芝2400m(良) 5馬身 武豊 (インティライミ)
6枠9番 1.1(1人) 1着 芝2000m(良) 2 1/2身 武豊 (シックスセンス) 10. 23 京都 菊花賞(GI)
4枠7番 1.0(1人) 1着 芝3000m(良) 2馬身 武豊 (アドマイヤジャパン) 12. 25 中山 有馬記念(GI)
3枠6番 1.3(1人) 2着 芝2500m(良) 1/2馬身 武豊 ハーツクライ 2006 3. 19 阪神 阪神大賞典(GII)
2枠2番 1.1(1人) 1着 芝3000m(稍) 3 1/2身 武豊 (トウカイトリック) 4. 30 京都 天皇賞(春)
4枠7番 1.1(1人) 1着 芝3200m(良) 3 1/2身 武豊 (リンカーン)
6枠8番 1.1(1人) 1着 芝2200m(稍) 4馬身 武豊 (ナリタセンチュリー) 10. 1 ロンシャン 凱旋門賞(GI)
2枠1番 1.1(1人) 3着 芝2400m(稍) 1/2馬身 武豊 レイルリンク
良…良馬場、稍…稍重馬場、重…重馬場、不…不良馬場、R…レコード
逸話
皐月賞までは順調に勝ち進んだものの、速いスピード馬に特有の「蹄の薄さ」
蹄が薄いと蹄鉄がうまく蹄に固定できないため、落鉄の危険性が高くなり、レースに際して不安要素になることから、装蹄師に相談して、最新の蹄鉄を装着することにした。その特殊蹄鉄は、標準のものと比べて極めて薄いものであり、なおかつ装締によって蹄に負担がかからないよう、釘による装締を止め、クッションと新エクイロックスという特殊なパテで蹄に装着させたものである。ディープインパクトはこの蹄鉄で次走の東京優駿(日本ダービー勝利し、菊花賞も勝って三冠を制した。話では、おかげで三冠を達成できたということである。蹄の負担を軽減した先輩三冠馬シンザンに通じるところがある。 ディープインパクトの蹄鉄の減りは他の馬に比べて遅いという話がある。
エアシャカールが2週間使用した蹄鉄とディープインパクトが3週間使用した蹄鉄を比べてディープインパクトの蹄鉄の方が減りが少なかった。走り方でなく、きれいな飛びを持っている証拠とされている。のちにはパワーが増したのか、蹄鉄の減り方は普通になったともいわれている。犬や猫などのように後ろ足で耳を掻くことができるほど体が柔らかいという(同じような行為は同じ三冠馬のミスターシービーにもあったという)。 心肺機能が他の馬より優れているのも強さの一つと考えられている。
心拍数が最大になったときの血液のスピードを「VHRmax」(単位はm/s・メートル毎秒)、ゴール直後から心拍数が100を切るまでの時間を「HR100」といい、前者は持久力を、後者は回復力を示すものである(前者は数値が大きければ大きいほど、後者は数値が少なければ少ないほどよい)。3歳以上の馬のVHRmaxの平均は14.6前後であるのに対し、ディープインパクトは菊花賞直前で16.0を示した。大抵の3歳馬は10分以上であるが、ディープインパクトは3分程度であった。 牧場にいた頃は集団では先頭を走っていて、馬が走るのをやめても自分だけは走り続け、ケガを走るのをやめなかったという。
同じノーザンファームの同期生にはシーザリオ、ラインクラフト、カネヒキリ、インティライミ、ストーミーカフェ、キングストレイル、ローゼンクロイツ、ディアデラノビア、ペールギュント、ヴァーミリアンといったメンバーが名を連ねている。理想体重を知っているのか、量を自分で調整することもあると関係者は語っている。
日本では産駒からためにマイクロチップを埋め込むことがフランスでは2006年から全ての出走馬にマイクロチップを埋め込むことが義務付けられており、凱旋門賞に出走したディープインパクトにも2006年7月2日、マイクロチップが埋め込まれた。
日本産馬としては導入第1号となった。導入第2号はフランスに帯同したピカレスクコートである。 有馬記念で思わぬ敗戦を喫したディープインパクトだが、ハーツクライの主戦ルメールと調教師の橋口はインタビューで、異口同音に「もう一度ディープインパクトに勝てるか怪しい」と語っている。
ディープインパクトの運
日本ダービーを勝つためにもっとも必要なのが運と言われるように、ディープインパクト自身も様々な強運振りを発揮している。
菊花賞当日、午前10時頃から振り出した雨は、午後1時頃にピークとなり、ターフにも湿りが目立っていたが、メインレース直前に突如晴れ間が差し込み、出走時には晴れ上がっていた。そのおかげで馬場状態は良を示しており、人間でも馬でも一番の不安がなくなったと思われる。
JRA・マスコミによる過剰扱い誰もがその実力を認めるディープインパクトだが、近年の売上金低迷に悩む日本中央競馬会(JRA)が競馬の人気回復を焦るあまり、また、マスコミがより視聴者の関心を得るために、ディープインパクトを過剰扱いしている点が批判されることも多い。
当日にJRAがディープインパクトの像を展示した点については「勝つ可能性は高いとは言え結果も出ていないのに胴元がこんなに特定の馬をひいきするなんて、まるで八百長ではないか」痛烈に批判された。騒動と同様に、意図的にアイドルホースを作り上げようとする試みには違和感を抱く競馬ファンも少なくない。
デビュー以来無敗で2005年の皐月賞、東京優駿(日本ダービー菊花賞に勝利し、ナリタブライアン以来11年ぶり史上6頭目、21世紀に入ってからは牡馬クラシック三冠を達成した。デビューから無敗での三冠制覇はシンボリルドルフ以来21年ぶり史上2頭目の快挙であった。有馬記念では初黒星を喫するもその年のJRA賞では年度代表馬および優秀3歳牡馬に選出された。
ディープインパクトの
父サンデーサイレンスは日本競馬史上に残る種牡馬。
ディープインパクトの
母ウインドインハーヘアはアラルポカルに優勝し、エプソムオークスでも2着に入った。半姉に、2003年にデビューから無傷の5連勝を飾り、6戦目のスプリンターズステークス4着を引退したレディブロンド(父シーキングザゴールド)、全兄にスプリングステークスを制したブラックタイド、全弟に2005年の東京スポーツ杯2歳ステークス3着のオンファイア。曾祖母ハイクレア(Highclere)は、エリザベス女王が所有し、1000ギニー、ディアヌ賞を勝ちキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス2着の名牝だった。この一族からはNHKマイルカップなどを制したウインクリューガー、2006年のマーメイドステークスを制したソリッドプラチナムがいる。ノーザンファームで生まれたディープインパクトは0歳時にセレクトセールに上場され、全兄ブラックタイドと同じ馬主である金子真人に7000万円で落札された。
馬体の薄さが嫌われてか上場されたサンデーサイレンスの産駒14頭のうち9番目の落札価格だった。この時、金子はその毛色と瞳の輝きに衝撃を受け、購入を決めたという。衝撃を与える馬になって欲しいと思いを込め「ディープインパクト」と名付けた。
ディープインパクトの経歴
2歳、3歳2004年12月19日阪神競馬の2歳新馬戦(芝2000m)でデビュー。
上がり3ハロン(=600m)を33秒1で駆け抜け、2着のコンゴウリキシオー(後に重賞きさらぎ賞・金鯱賞を制す)に4馬身の差を付けて優勝。京都での若駒ステークスは直線で突き抜け5馬身勝利。
この勝ちっぷりで、ディープインパクトの名が一気に全国区となった。中山での弥生賞。関東では初出走となったが京成杯を制したアドマイヤジャパン(2着)以下に勝利し、最有力馬に躍り出る。
第66回皐月賞では、レース開始直後に躓き落馬寸前まで追い込まれ後手を踏み、最後方からの競馬になるが、ライバルを横目に最後は2着のシックスセンスに差をつけ勝利。
勝利ジョッキーインタビューで武豊は「いや、もうパーフェクトですよ。走っているより飛んでいる感じだったんで」と言葉を残した。皐月賞制覇はアグネスタキオン以来、史上16頭目。レース後の記念撮影で武豊は指を1本立てた(シンボリルドルフの三冠競走で主戦騎手であった岡部幸雄が行ったパフォーマンス)。
初出走となったが単勝支持率は73.4%(オッズは1.1倍)とハイセイコーの持っていた当競走における単勝支持率最高記録を更新する人気となった。スタートは、皐月賞同様に後方からだったがその人気を裏切ることなく2着インティライミに5馬身の差をつけて、前年のキングカメハメハに並ぶ2分23秒3のレースレコードタイで優勝し、史上6頭目1992年のミホノブルボン以来となる無敗の二冠を達成した。レース後の記念撮影で武豊は指を2本立てた。
秋初戦と阪神での神戸新聞杯ではレースレコードを更新する1分58秒4の勝ちタイムで勝利。
2005年10月23日京都競馬場にて、菊花賞そして三冠のかかった第66回菊花賞。
前々日発売の金曜日時点での単勝支持率が90%を超えるなど、まさにディープインパクト一色となった。レースではスタート後からホームストレッチを過ぎるあたりまでかかり続けた(武豊の証言によれば、一周目のゴール板を正規のゴールと勘違いしてしまったとのこと)。向こう正面では落ち着きを取り戻し、直線に入ってからは先に抜け出したアドマイヤジャパンを上がり3ハロン33秒3の脚で交わし2馬身差をつけて優勝、史上2頭目の無敗での三冠馬となった。レース後の記念撮影で武豊は指を3本立てた。
菊花賞の単勝支持率はこの支持率は菊花賞としては史上2位、菊花賞優勝馬としては史上最高であった。
単勝の配当は100円に対して100円で、GI級競走での元返しは1965年天皇賞(秋)のシンザン以来、40年ぶりの記録となった。入場者数は前年の同レースと比べて182%となる13万6701人を記録し、菊花賞記録となった。入場者記録としては、レディース待遇のあった1995年のエリザベス女王杯に次ぐ、史上2位の記録である。馬券の売り上げも前年比112.2%を記録した。全ての馬券において、ディープインパクトが絡んでいる馬券は、売り上げの89%を超えた。
第50回有馬記念(2005年12月25日撮影 ハーツクライの2着に敗れ、連勝記録が『7』で途絶える)ディープインパクトは菊花賞後に史上初となる無敗でのグランプリ制覇がかかった、古馬と有馬記念に出走した。
レース当日の中山競馬場には、16万人もの大観衆が押し寄せ、単勝オッズは1.3倍を記録したが、ハーツクライの前に2着に敗れ8戦目にして初黒星を喫した。
JRA賞選考委員会の記者投票では優秀3歳牡馬には満票(291票)で、年度代表馬では285票(残り6票はディープインパクトに初黒星をつけたハーツクライ)を獲得し、それぞれ選出された。
4歳
2006年初戦は阪神大賞典。
トウカイトリックを寄せ付けず3 1/2馬身の差で優勝。ゴール前では武豊が手綱を弛める余裕が順調なスタートを切った。
4月30日、続く本番の天皇賞(春)ではスタートでは前年の皐月賞、東京優駿(日本ダービー
同様に出遅れたが、道中は最後方から2番手の位置で折り合いをつけ、3コーナー付近から進出を開始し、4コーナーで先頭に起つとそのまま後続を寄せ付けず2着のリンカーンに3 1/2馬身の差を付け優勝、75.3%のレース史上最高の単勝支持率に応えた。勝ち時計は3分13秒4で、第115回競走でマヤノトップガンが記録した3分14秒4のレコードを1秒更新した。レース後の記念撮影で武豊は指を4本立てた。この時に2着に入ったリンカーンに騎乗した横山典弘をして、(リンカーンは、生まれた)時代が悪かったと言わしめるほどの内容だった。
5月8日、凱旋門賞出走に向けた海外遠征プランが発表され、その前哨戦として6月25日に京都競馬場で開催される第47回宝塚記念に出走することとなった。
事前に行われたファン投票では89,864票を集め1位となり、単勝支持率も天皇賞(春)に続きレース史上最高の75.2%をマークした。当日の京都競馬場は雨で馬場が悪くなっていたが後方から進出を開始、直線では馬場外目を鋭く伸び2着のナリタセンチュリーに4馬身差を付け優勝した。同競走を優勝したことで史上7頭目にして史上最速の(収得賞金額)10億円ホースとなった。レース後の記念撮影で武豊は指を5本立てた。
7月10日、IFHA(国際競馬統括機関連盟)から発表された「トップ50ワールドリーディングホース」で125ポンドに評価され、前年の凱旋門賞優勝馬で当年はタタソールズゴールドカップ(愛G1)に勝利したハリケーンラン、また前年のブリーダーズカップ・ターフの覇者で当年はコロネーションカップ(英G1)を制したシロッコと並び、ランキングが設立された2003年以降、日本馬として首位にランクされた。
8月9日、凱旋門賞出走のために帯同馬のピカレスクコート(牡4 栗東:池江泰寿厩舎)と共に出国し、フランスに到着した。
10月1日、凱旋門賞は8頭という史上2番目の少頭数で行われた。
好スタートを切ったディープインパクトは、道中2〜3番手の位置でレースを進め、最後の直線では勝利したレイルリンクとプライドの3歳馬に交わされて3着だった。
競走成績
年月日 開催 競走名(グレード) 枠・馬番 オッズ 着順 距離 タイム(上り3F) 着差 騎手 勝馬/(2着馬) 2004 12. 19 阪神 2歳新馬 4枠4番 1.1(1人) 1着 芝2000m(良) 2:03.8(33.1) 4馬身 武豊 (コンゴウリキシオー) 2005 1. 22 京都 若駒ステークス 4枠4番 1.1(1人) 1着 芝2000m(良) 2:00.8(33.6) 5馬身 武豊 (ケイアイヘネシー) 3. 6 中山 弥生賞(GII) 8枠10番 1.2(1人) 1着 芝2000m(良) 2:02.2(34.1) クビ 武豊 (アドマイヤジャパン) 4. 17 中山 皐月賞(GI) 7枠14番 1.3(1人) 1着 芝2000m(良) 1:59.2(34.0) 2 1/2身 武豊 (シックスセンス) 5. 29 東京 東京優駿(GI
3枠5番 1.1(1人) 1着 芝2400m(良) 5馬身 武豊 (インティライミ)
6枠9番 1.1(1人) 1着 芝2000m(良) 2 1/2身 武豊 (シックスセンス) 10. 23 京都 菊花賞(GI)
4枠7番 1.0(1人) 1着 芝3000m(良) 2馬身 武豊 (アドマイヤジャパン) 12. 25 中山 有馬記念(GI)
3枠6番 1.3(1人) 2着 芝2500m(良) 1/2馬身 武豊 ハーツクライ 2006 3. 19 阪神 阪神大賞典(GII)
2枠2番 1.1(1人) 1着 芝3000m(稍) 3 1/2身 武豊 (トウカイトリック) 4. 30 京都 天皇賞(春)
4枠7番 1.1(1人) 1着 芝3200m(良) 3 1/2身 武豊 (リンカーン)
6枠8番 1.1(1人) 1着 芝2200m(稍) 4馬身 武豊 (ナリタセンチュリー) 10. 1 ロンシャン 凱旋門賞(GI)
2枠1番 1.1(1人) 3着 芝2400m(稍) 1/2馬身 武豊 レイルリンク
良…良馬場、稍…稍重馬場、重…重馬場、不…不良馬場、R…レコード
逸話
皐月賞までは順調に勝ち進んだものの、速いスピード馬に特有の「蹄の薄さ」
蹄が薄いと蹄鉄がうまく蹄に固定できないため、落鉄の危険性が高くなり、レースに際して不安要素になることから、装蹄師に相談して、最新の蹄鉄を装着することにした。その特殊蹄鉄は、標準のものと比べて極めて薄いものであり、なおかつ装締によって蹄に負担がかからないよう、釘による装締を止め、クッションと新エクイロックスという特殊なパテで蹄に装着させたものである。ディープインパクトはこの蹄鉄で次走の東京優駿(日本ダービー勝利し、菊花賞も勝って三冠を制した。話では、おかげで三冠を達成できたということである。蹄の負担を軽減した先輩三冠馬シンザンに通じるところがある。 ディープインパクトの蹄鉄の減りは他の馬に比べて遅いという話がある。
エアシャカールが2週間使用した蹄鉄とディープインパクトが3週間使用した蹄鉄を比べてディープインパクトの蹄鉄の方が減りが少なかった。走り方でなく、きれいな飛びを持っている証拠とされている。のちにはパワーが増したのか、蹄鉄の減り方は普通になったともいわれている。犬や猫などのように後ろ足で耳を掻くことができるほど体が柔らかいという(同じような行為は同じ三冠馬のミスターシービーにもあったという)。 心肺機能が他の馬より優れているのも強さの一つと考えられている。
心拍数が最大になったときの血液のスピードを「VHRmax」(単位はm/s・メートル毎秒)、ゴール直後から心拍数が100を切るまでの時間を「HR100」といい、前者は持久力を、後者は回復力を示すものである(前者は数値が大きければ大きいほど、後者は数値が少なければ少ないほどよい)。3歳以上の馬のVHRmaxの平均は14.6前後であるのに対し、ディープインパクトは菊花賞直前で16.0を示した。大抵の3歳馬は10分以上であるが、ディープインパクトは3分程度であった。 牧場にいた頃は集団では先頭を走っていて、馬が走るのをやめても自分だけは走り続け、ケガを走るのをやめなかったという。
同じノーザンファームの同期生にはシーザリオ、ラインクラフト、カネヒキリ、インティライミ、ストーミーカフェ、キングストレイル、ローゼンクロイツ、ディアデラノビア、ペールギュント、ヴァーミリアンといったメンバーが名を連ねている。理想体重を知っているのか、量を自分で調整することもあると関係者は語っている。
日本では産駒からためにマイクロチップを埋め込むことがフランスでは2006年から全ての出走馬にマイクロチップを埋め込むことが義務付けられており、凱旋門賞に出走したディープインパクトにも2006年7月2日、マイクロチップが埋め込まれた。
日本産馬としては導入第1号となった。導入第2号はフランスに帯同したピカレスクコートである。 有馬記念で思わぬ敗戦を喫したディープインパクトだが、ハーツクライの主戦ルメールと調教師の橋口はインタビューで、異口同音に「もう一度ディープインパクトに勝てるか怪しい」と語っている。
ディープインパクトの運
日本ダービーを勝つためにもっとも必要なのが運と言われるように、ディープインパクト自身も様々な強運振りを発揮している。
菊花賞当日、午前10時頃から振り出した雨は、午後1時頃にピークとなり、ターフにも湿りが目立っていたが、メインレース直前に突如晴れ間が差し込み、出走時には晴れ上がっていた。そのおかげで馬場状態は良を示しており、人間でも馬でも一番の不安がなくなったと思われる。
JRA・マスコミによる過剰扱い誰もがその実力を認めるディープインパクトだが、近年の売上金低迷に悩む日本中央競馬会(JRA)が競馬の人気回復を焦るあまり、また、マスコミがより視聴者の関心を得るために、ディープインパクトを過剰扱いしている点が批判されることも多い。
当日にJRAがディープインパクトの像を展示した点については「勝つ可能性は高いとは言え結果も出ていないのに胴元がこんなに特定の馬をひいきするなんて、まるで八百長ではないか」痛烈に批判された。騒動と同様に、意図的にアイドルホースを作り上げようとする試みには違和感を抱く競馬ファンも少なくない。