核実験
核実験とは、核兵器の新たな開発や性能維持のために実験的に核爆弾を爆発させることをいう。近年では、爆発を途中で止め、臨界に達する前の段階で得られたデータとコンピュータ・シミュレーションの組み合わせによる実験も行われているが、これも核実験と呼ばれる(臨界前核実験)。
各国の核実験
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核実験
この項目は現在進行中の事象を扱っておりますが、Wikipediaはニュース速報ではありません。性急な編集をせず事実を確認し正確な記述を心懸けて下さい。またウィキニュースへの投稿も検討してみてください。なお、この内容は不特定多数のボランティアにより自由に編集されていることを踏まえ、自身の安全利害に関わる情報は自己責任でご判断ください。
詳細は朝鮮民主主義人民共和国の核実験 (2006年)を参照。
2006年10月9日10時35分(KST)、咸鏡北道花台郡にて核実験を行った。
アメリカ合衆国
ニューメキシコでの核実験
1945年7月16日、ニューメキシコ州・アラモゴードで世界初の核実験が行われた。
トリニティ実験。プルトニウム爆弾(長崎に投下された物と同じ爆縮型)。
マーシャル諸島での核実験
クロスロード作戦・ベイカー(ビキニ環礁)
キャッスル作戦・ブラボー(ビキニ環礁)
レッドウィング作戦・アパッチ(エニウェトク環礁)1946年7月、原爆実験(クロスロード作戦)。この実験に使用するため、日本の戦艦長門など約70隻の艦艇が集められた。 1回目(エイブル)の実験は7月1日、2回目(ベイカー)は7月25日に行なわれた。 これ以後13年間にビキニ、エニウェトクの二つの環礁で66回の核実験を行った。
1954年3月1日、ビキニ環礁で行われた15Mtの水爆実験(キャッスル作戦)による降灰(いわゆる「死の灰」)を日本のマグロ漁船・第五福竜丸が浴び、被曝した。 このことは、日本で大きな社会問題となり、映画「ゴジラ」は、この実験に対する抗議の意味も含まれていたとする話もある。
ネバダ州での核実験
南太平洋での実験は費用が掛かるため、トルーマン大統領の提案により1951年にネバダ州の砂漠にネバダ核実験場 (NTS,Nevada Test Site) が設置された。その後、フォールアウト(放射性降下物)の測定や建物・動物などへの影響を調べるための実験が地上・地下含めて928回行われた。
しかし、核実験の振動がラスベガスの建物に影響を与えたため、1968年1月19日に実験場の北130Kmにあるトノパー (Tonopah) 近郊で地下実験"FAULTLESS"が行われた。5Mtの爆発実験の前段階として行われ、威力はアメリカ本土では最大の1Mtであった。しかし、衝撃で地上に大きな断層ができてしまったため、5Mtの実験はアラスカのアムチトカ島で行われることになった(下参照)。
1997年7月2日 地下実験場で初の臨界前核実験。
アムチトカ島での核実験
1965年から1971年までに3回実験が行われた。1971年11月6日の"CANNIKIN"は地下実験最大の5Mt(迎撃ミサイル「LIM-49A スパルタン」のW71核弾頭を使用)であり、各国の抗議を引き起こした。グリーンピースは、この実験を契機として発足した。([1])
その他の核実験
1955年5月14日 ウィグワム作戦 カリフォルニア州サンディエゴ南西500マイルで行われた、核爆雷の検証を目的とする実験。
1961年から1973年まで、衝撃波の測定や天然ガス採掘など、平和利用の実験のために小規模(150Kt未満)の原爆実験がアメリカ各地で行われた(プラウシェア計画、Operation Plowshare)。
ソビエト連邦の核実験
セミパラチンスクでの核実験
1949年8月29日 初の原爆実験(長崎型)。22kt。コード名"RDS(「我々は自力で成し遂げた」)1号"。アメリカ側のコード名"ジョー(=スターリン)1号"。
1953年8月12日 初の水爆実験。400Kt。コード名"RDS6号"。アメリカ側のコード名"ジョー4号"。
放射性降下物の分析より核融合ではなかったと言われている。
1955年11月22日 水爆実験。1.6Mt。コード名"RDS37号"。アメリカ側のコード名"ジョー19号"。
ソ連初の水爆実験成功。
ノヴァヤゼムリャでの核実験
1961年10月30日 ノヴァヤゼムリャで、史上最大の水爆実験が行われた。爆弾の威力は51Mtでファットマンの3000倍近い出力。地震計による観測では、その規模はマグニチュード7.0の地震に相当する。
イギリスの核実験
オーストラリアでの核実験
モンテ・ベロ島での核実験
1952年10月3日 初の原爆実験。
エミューでの核実験
マラリンガでの核実験
1957年にアントラー作戦が行われ、3度の実験を行っている。
クリスマス島での核実験
1957年5月15日 初の水爆実験。
フランスの核実験
サハラ砂漠での核実験
1960年2月13日 初の原爆実験。
1968年8月24日 初の水爆実験。
フレンチポリネシアでの核実験
1995年9月から1996年1月までに6回実施。
中国の核実験
ロプノールの核実験
1964年10月16日 初の原爆実験。
1967年6月17日 初の水爆実験。
インドの核実験
1974年5月18日 ラジャスタン州ポカラン砂漠で初の原爆実験。インドの核実験 (1974年)。
1998年5月11日・13日 熱核反応装置(水爆に相当)実験に成功。インドの核実験 (1998年)
パキスタンの核実験
1998年5月28日・30日 チャガイで初の原爆実験。
核実験の禁止
地上で行う核実験は、大気中に放射性物質が飛散することになるため、1963年、これを禁止する国際条約が締結されることになった。大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約(通称部分的核実験禁止条約:PTBT) と呼ばれるこの条約は、地下核実験については禁止の対象外としていたが、その後これも禁止対象とする包括的核実験禁止条約 (CTBT) が提案された。この条約は、発効の条件とされた特定の44カ国全てにおける批准が実現されておらず、現時点では有効な条約にはなっていない。臨界前核実験は CTBT では禁止されていない。
核実験の探知
東西冷戦中には、アメリカ合衆国が地下核実験の探知を目的として世界中に地震計を設置した。おもにソビエト連邦が実施した地下核実験によって生じる地震波をとらえた。いっぽう、核実験実施国も自然地震と見せかけるために巧妙な核実験を行った。たとえば爆弾を並べて短時間に順に爆発させていき断層破壊と偽ったり、2発の爆弾を短時間に続けて爆発させ自然地震特有のpP波に似た波を発生させたりしていた。
このような経緯で設置された地震計は、現在では純粋に地震学の分野で大きく活用されている。
各国の核実験
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核実験
この項目は現在進行中の事象を扱っておりますが、Wikipediaはニュース速報ではありません。性急な編集をせず事実を確認し正確な記述を心懸けて下さい。またウィキニュースへの投稿も検討してみてください。なお、この内容は不特定多数のボランティアにより自由に編集されていることを踏まえ、自身の安全利害に関わる情報は自己責任でご判断ください。
詳細は朝鮮民主主義人民共和国の核実験 (2006年)を参照。
2006年10月9日10時35分(KST)、咸鏡北道花台郡にて核実験を行った。
アメリカ合衆国
ニューメキシコでの核実験
1945年7月16日、ニューメキシコ州・アラモゴードで世界初の核実験が行われた。
トリニティ実験。プルトニウム爆弾(長崎に投下された物と同じ爆縮型)。
マーシャル諸島での核実験
クロスロード作戦・ベイカー(ビキニ環礁)
キャッスル作戦・ブラボー(ビキニ環礁)
レッドウィング作戦・アパッチ(エニウェトク環礁)1946年7月、原爆実験(クロスロード作戦)。この実験に使用するため、日本の戦艦長門など約70隻の艦艇が集められた。 1回目(エイブル)の実験は7月1日、2回目(ベイカー)は7月25日に行なわれた。 これ以後13年間にビキニ、エニウェトクの二つの環礁で66回の核実験を行った。
1954年3月1日、ビキニ環礁で行われた15Mtの水爆実験(キャッスル作戦)による降灰(いわゆる「死の灰」)を日本のマグロ漁船・第五福竜丸が浴び、被曝した。 このことは、日本で大きな社会問題となり、映画「ゴジラ」は、この実験に対する抗議の意味も含まれていたとする話もある。
ネバダ州での核実験
南太平洋での実験は費用が掛かるため、トルーマン大統領の提案により1951年にネバダ州の砂漠にネバダ核実験場 (NTS,Nevada Test Site) が設置された。その後、フォールアウト(放射性降下物)の測定や建物・動物などへの影響を調べるための実験が地上・地下含めて928回行われた。
しかし、核実験の振動がラスベガスの建物に影響を与えたため、1968年1月19日に実験場の北130Kmにあるトノパー (Tonopah) 近郊で地下実験"FAULTLESS"が行われた。5Mtの爆発実験の前段階として行われ、威力はアメリカ本土では最大の1Mtであった。しかし、衝撃で地上に大きな断層ができてしまったため、5Mtの実験はアラスカのアムチトカ島で行われることになった(下参照)。
1997年7月2日 地下実験場で初の臨界前核実験。
アムチトカ島での核実験
1965年から1971年までに3回実験が行われた。1971年11月6日の"CANNIKIN"は地下実験最大の5Mt(迎撃ミサイル「LIM-49A スパルタン」のW71核弾頭を使用)であり、各国の抗議を引き起こした。グリーンピースは、この実験を契機として発足した。([1])
その他の核実験
1955年5月14日 ウィグワム作戦 カリフォルニア州サンディエゴ南西500マイルで行われた、核爆雷の検証を目的とする実験。
1961年から1973年まで、衝撃波の測定や天然ガス採掘など、平和利用の実験のために小規模(150Kt未満)の原爆実験がアメリカ各地で行われた(プラウシェア計画、Operation Plowshare)。
ソビエト連邦の核実験
セミパラチンスクでの核実験
1949年8月29日 初の原爆実験(長崎型)。22kt。コード名"RDS(「我々は自力で成し遂げた」)1号"。アメリカ側のコード名"ジョー(=スターリン)1号"。
1953年8月12日 初の水爆実験。400Kt。コード名"RDS6号"。アメリカ側のコード名"ジョー4号"。
放射性降下物の分析より核融合ではなかったと言われている。
1955年11月22日 水爆実験。1.6Mt。コード名"RDS37号"。アメリカ側のコード名"ジョー19号"。
ソ連初の水爆実験成功。
ノヴァヤゼムリャでの核実験
1961年10月30日 ノヴァヤゼムリャで、史上最大の水爆実験が行われた。爆弾の威力は51Mtでファットマンの3000倍近い出力。地震計による観測では、その規模はマグニチュード7.0の地震に相当する。
イギリスの核実験
オーストラリアでの核実験
モンテ・ベロ島での核実験
1952年10月3日 初の原爆実験。
エミューでの核実験
マラリンガでの核実験
1957年にアントラー作戦が行われ、3度の実験を行っている。
クリスマス島での核実験
1957年5月15日 初の水爆実験。
フランスの核実験
サハラ砂漠での核実験
1960年2月13日 初の原爆実験。
1968年8月24日 初の水爆実験。
フレンチポリネシアでの核実験
1995年9月から1996年1月までに6回実施。
中国の核実験
ロプノールの核実験
1964年10月16日 初の原爆実験。
1967年6月17日 初の水爆実験。
インドの核実験
1974年5月18日 ラジャスタン州ポカラン砂漠で初の原爆実験。インドの核実験 (1974年)。
1998年5月11日・13日 熱核反応装置(水爆に相当)実験に成功。インドの核実験 (1998年)
パキスタンの核実験
1998年5月28日・30日 チャガイで初の原爆実験。
核実験の禁止
地上で行う核実験は、大気中に放射性物質が飛散することになるため、1963年、これを禁止する国際条約が締結されることになった。大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約(通称部分的核実験禁止条約:PTBT) と呼ばれるこの条約は、地下核実験については禁止の対象外としていたが、その後これも禁止対象とする包括的核実験禁止条約 (CTBT) が提案された。この条約は、発効の条件とされた特定の44カ国全てにおける批准が実現されておらず、現時点では有効な条約にはなっていない。臨界前核実験は CTBT では禁止されていない。
核実験の探知
東西冷戦中には、アメリカ合衆国が地下核実験の探知を目的として世界中に地震計を設置した。おもにソビエト連邦が実施した地下核実験によって生じる地震波をとらえた。いっぽう、核実験実施国も自然地震と見せかけるために巧妙な核実験を行った。たとえば爆弾を並べて短時間に順に爆発させていき断層破壊と偽ったり、2発の爆弾を短時間に続けて爆発させ自然地震特有のpP波に似た波を発生させたりしていた。
このような経緯で設置された地震計は、現在では純粋に地震学の分野で大きく活用されている。