サーシャ・コーエン

サーシャ・コーエン
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サーシャ・コーエン 0

アレクサンドラ・ポーリーン・サーシャ・コーエン(Alexandra Pauline "Sasha" Cohen, 1984年10月26日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市ウェストウッド出身のフィギュアスケート選手。



アレクサンドラ・ポーリーン・サーシャ・コーエン 人物
才能と実力は誰もが認めるトップレベルの選手でありながら、大きな試合ではミスをして優勝を逃すことが多いことから、「シルバー・コレクター」「もう少しのサーシャ」などという不名誉なニックネームをつけられている。


アレクサンドラ・ポーリーン・サーシャ・コーエン 経歴
幼い時から体操とバレエを経験し、7歳の時にフィギュアスケートに転向。
ジョン・ニックスコーチに師事した。優美なレイバック・スピンで有名である。
スパイラルは、サポート無しで足を前に高く上げての前向き滑走、真っすぐ伸ばした180度開脚など、他に追随を許さない高度な技巧でレベル4、GOEでも平均2以上をだしている。
表現力も世界一といって過言ではない。
ショートプログラムでは、イリーナ・スルツカヤ、3位であったが、演技構成点でこの2人を抑え、トータルポイントでは1位となった。
ISUルールが現在の採点法になってからのフリースケーティングの130.89点は歴代最高得点記録である。





アレクサンドラ・ポーリーン・サーシャ・コーエン 戦績
2002年のソルトレークシティオリンピックは、ショートプログラムは完璧な内容で3位となったが、フリープログラムではコンビネーションで2つめのジャンプでの着氷失敗が響き、総合では4位入賞に終わった。

2003年12月にコーチをタチアナ・タラソワから、ロビン・ワグナーに変更している。
彼女のベストシーズンは、2003-2004シーズンで、Grand Prix eventsで優勝、全米選手権と世界選手権で準優勝している。
2004年のGrand Prix eventsを背中の故障で欠場した。
同年12月後半にコーチをロビン・ワグナーからジョン・ニックスに戻している。
オレゴン州ポートランドで2005年の全米選手権で復帰し準優勝。
モスクワでの世界選手権でも準優勝した。オリンピック・シーズンを好発進で迎えたが、臀部の故障により、スケート・アメリカを欠場した。

その後、復帰初戦のエリック・ボンパール杯で準優勝。

2006年の全米選手権では、インフルエンザによる体調不良を克服し、初優勝。
2006年トリノ・オリンピックのアメリカ代表となった。
トリノ・オリンピックでは演技をノーミスで終え、イリーナ・スルツカヤと荒川静香を抑えてトップに立った。
序盤ではジャンプで転倒や両手を着くなどしたが、中盤から終盤にかけてはノーミスの演技でまとめた。金メダルを取った荒川静香の演技には届かなかったが、彼女にとって初めてのオリンピックでのメダルである銀メダルを獲得した。
トリノオリンピックから1ヵ月後にカナダのカルガリーで開催された世界選手権でも、ショートプログラムでトップに立ったが、フリーでミスを連発し、1位のキミー・マイズナー、2位の村主章枝におよばず、3位(銅メダル)に終わった。

2006-2007年シーズンは全ての試合を欠場し、休養する事を表明した。
2009年のロサンゼルスでの世界選手権と2010年のバンクーバーオリンピックを目指すことを公言している。



2001-2002年
スケート・アメリカ 5位
エリック・ボンパール杯 3位 全米選手権 2位 ソルトレークシティオリンピック 4位
世界選手権 4位 2002-2003年
スケート・カナダ 優勝
エリック・ボンパール杯 優勝 ロシア杯 2位 グランプリファイナル 優勝
全米選手権 3位 世界選手権 4位 2003-2004年
スケート・アメリカ 優勝
スケート・カナダ 優勝
エリック・ボンパール杯 優勝 グランプリファイナル 2位
全米選手権 2位 世界選手権 2位 2004-2005年
全米選手権 2位 世界選手権 2位 2005-2006年
エリック・ボンパール杯 2位 トリノオリンピック 2位
全米選手権 優勝 世界選手権 3位
アレクサンドラ・ポーリーン・サーシャ・コーエン エピソード
家族(父:ロジャー、母:ガリーナ、妹:ナターシャ)全員が敬虔なユダヤ教徒であり、シナゴーグに通っている。

趣味はファッションデザイン、料理、旅行。
好物はアイスクリーム。 母親はウクライナ出身である。 ロシア語が多少できる。
2002年のソルトレーク五輪の開会式では、アメリカ選手団の中にジョージ・W・ブッシュ大統領が、母親と通話中のサーシャ・コーエンの携帯電話を取り上げ、「貴女の娘さんはお行儀良くやっているよ。競技での活躍をお祈りしています」、と話した。

彼女はアメリカで絶大な人気を誇り、その美貌からハリウッド女優への道もあると言う。
ソルトレイク五輪でも、いちばん期待されていたのは彼女であった。スノーボード・ハーフパイプのトリノ五輪金メダリスト、ショーン・ホワイトも「これでサーシャ、俺と付き合ってくれないかなぁ」と話した。