田中 裕二
田中 裕二(たなか ゆうじ、1965年1月10日 - )は、漫才師、お笑いタレント、エッセイスト。血液型はB型。太田光との漫才コンビ「爆笑問題」のツッコミ、リーダー担当。身長は154cm(最近はTVなどで1cm身長が縮み、153cmになったという説もある。ちなみにボキャブラ時代には『夜は153cm』と言われていた)。中野区立第八中学校、東京都立井草高等学校卒業、日本大学芸術学部中退。ロックバンド「安全地帯」のドラムス担当だった田中裕二とは同姓同名で、「爆笑問題カーボーイ」でリスナーの投稿作品によってネタにされたことがある。
田中 裕二 来歴
相方の太田とは対照的に高校時代は人気者であり、Mr.井草にも選ばれたことがあった。
この頃に「ウーチャカ」というあだ名が付き、「ウーチャカ大放送」という校内ラジオ放送のパーソナリティをやっていた。理由も、アナウンサー志望だったかららしい。因みに「ウーチャカ」とはあだ名「裕くん」から子音を取って「ウー君」となり、「ウー君」がパンを食べている所を見た友達が「ウー君」がパンを食べているから「ウーパン」と呼んだことによって「ウーパン」と変化し、最終的に「ウーチャカ」に落ち着いたとされる。 早稲田大学も受験したが、受験日を1日間違えるという致命的失敗で一浪後、日本大学芸術学部演劇学科に進み、太田と出会う。
日大時代でも田中本人が「ウーチャカ」と呼んでくれるよう周囲に頼んでいたが、「小僧(小僧先輩)」とも呼ばれていたという。因みに田中は早生まれで太田より1学年上になるが、一浪の為に太田とは同級生となった。 日芸在籍時には、マキノ雅弘が主催していた私塾にも通っていた。
同時期にお笑いコンビ「東京ギャグポンプ」を組んでTBSの昼の番組のレギュラーを持っていたが、売れずに解散。
1988年3月に漫才コンビ「爆笑問題」を結成。
コンビではリーダーを担当しているが、田中が自ら立候補したのでは太田が決めたものである。『号外!!爆笑大問題』で、田中が1階で花屋を経営していた自宅へ訪れ、両親に挨拶をしたと太田がバラし、メディアが一斉に扱った。
その後、同年3月24日に結婚し、二世帯住宅を建てた。太田の暴露から1年後に同番組内で田中が「(バラしたのは)太田さんがね。」と言っている。 2000年9月12日に睾丸肥大の為、入院。
同年10月9日に左側の睾丸摘出手術を受けた。爆笑問題・太田光の項も参照されたい。
誰でも言えそうなストレートすぎるツッコミをする。
太田の無軌道なボケにもきちんと拾い上げて対応し、太田にとって貴重な存在でもある。因みにノリツッコミは恥ずかしくて出来ないと本人が語っていた。睾丸摘出といった身体的特徴を太田にネタにされたり、共演者からイジられる事が多い。
その外見から子供扱いされる事もしばしば。 ミニストップでアルバイトをしていた。
その為、太田から「チビストップ」とよくネタにされている。因みに優秀だった為に店長に抜擢されたことがある。 実兄は元コム・デ・ギャルソン・オム(オムオム)の服飾デザイナー田中啓一。
実姉はアツキオオニシ、ピンクハウスなどの服飾デザイナー田中里美。従姉は声優のならはしみき。おばのにしみやすこは商店街「パールセンター」の名付け親。 視力は0.1未満で、コンタクトレンズを使用している。
テレビに出演したこともある。 チェッカーズ、小泉今日子、佐野元春、サザンオールスターズ、読売ジャイアンツ、ファミスタ、安倍な大ファン。
巨人の中でも大ファンで、中居正広(SMAP)、堀内健(ネプチューン)、ビビる大木らと話題で盛り上がることが多いと発言していた。
名前を聞くと寒気がする程大嫌い。
ミミズを入れた風呂と、毒蛇を入れた風呂ならば、毒蛇を入れた風呂に入ると答えている。猫を飼っており、猫に話しかける時は赤ちゃん言葉になる。 椎茸が大嫌い。
肉まんに椎茸が入っているとそれをきれいに取り除いてから食べる。ミョウガ、セロリ等香りの強い野菜や軟骨の焼き鳥やクラゲの食感も苦手で食べ物の好き嫌いはかなり多いらしい。因みに好物はスイーツ。 一般的に太田は変わった人物で、田中はまともで普通の人間というイメージを持たれることが多いが、「田中さんも実はおかしい」と、伊集院光は主張している(2004年10月4日放送伊集院光『日曜日の秘密基地』)。
時代に草野球で伊集院に対し毎日野球出来るから楽しくてしょうがないんだよと発言したエピソードを紹介し、お笑い芸人なら持っている筈の危機感を持たない田中を「化け物」と評している。 本文を太田光、そして挿絵の代わりに紙粘土細工を田中裕二の組み合わせでエッセイ集を何冊か発売しており、紙粘土の個展を開いたこともある。
草野球ではピッチャー。
投球フォームは基本に忠実でカーブが曲がるらしい。スピードは無いがコントロールは抜群らしい。草野球チームには所属していないが時間がある時には仲の良いタレントのチームに参加している模様。 以前は太田の事を「光」と呼んでいたが、太田がその呼び方をすると機嫌を損ねるようになった為、現在は「太田さん」と呼ぶようにしている。
ラジオ等のフリートークではうっかり口を滑らせて「光」と呼ぶ事がある。 口癖は「言ってみりゃ」「それこそ」等。
田中 裕二 エピソード
30歳になるまで女性と付き合ったことがなく、童貞を喪失したのは24歳の時、新宿歌舞伎町の高級ソープランドにて(しかも、太田らの奢り。その為、しばしばネタにされ、本人も番組等で認める)。
元々太田ら友人の誘いによるもので、田中本人は風俗に行く事を嫌がっていた。その理由として「僕はテトロポリキョン星人だから、そんなことはしない」と発言(尚、彼の世界では小泉今日子もテトロポリキョン星人とのこと)。待合室で待っていた太田に「気持ち良かった」と満足そうに言った為、腹を立てた太田に「二度と風俗に行けない身体にしてやる」という理由で陰毛を剃られてしまった。札幌テレビ製作『号外!!爆笑大問題』で共演していた「爆笑娘。」の一員であるあかぎあいの事を、本気で好きでいたらしい。
1999年4月より子供番組『ポンキッキーズ』にネズミの着ぐるみキャラクター「爆チュー問題」の「たなチュー」としてレギュラー出演。
2006年5月よりその独立番組『空飛ぶ!爆チュー問題』にて引き続き出演。 2001年11月に出演した『THEわれめDEポン』に初出場で優勝したことで、麻雀の雀士として同番組にレギュラー出演している。
その後『うまなりクン』の『ウマでもわかる競馬基礎講座』で田中が獲得した100万円を優勝賞金として麻雀が行われた。田中は名馬を紹介しながらやったが、見事田中が優勝した。 2002年6月28日、『ぐるぐるナインティナイン』に田中が出演。
田中とナインティナインの岡村隆史が犬猿の仲という報道記事が載り、これをネタに本人達による再現コントパロディを放送(スーパーで大喧嘩)。 2002年12月3日、ラジオで解散宣言。
この話題は報道にも載ったのだが誤報であり、本人達は否定していた。 田中が太田の言動にブチ切れて「解散だ!」と叫んだことは何度かあるらしく、その詳細が太田によって著書等で明らかになっている。
太田は彼が尊敬する立川談志の忠告により、解散を考えたことは一度も無い。 「2005年にワールドツアーを行う」とバラート・クラーラに予言されていたが、実現には至らなかった。
5時間スペシャルで南極旅行を貰い、その予兆だったとも。
時にも雨が降り、楽しみにしていた妻に本気で怒られたらしい。田中は「俺は神か?」と困惑している(2007年1月9日放送のTBSラジオ爆笑問題カーボーイで本人談)。 28歳で子供と間違われパチンコ屋を追い出されたことがある。
際、田中本人が乗った事に気づかれなかったらしく、運転手に「ここら辺に爆笑問題の田中さんが住んでるんですよ〜!」と事があるらしい。
中沢新一は太田との対談の際、「田中君はすごいね」とベタ誉めしていた。
田中 裕二 来歴
相方の太田とは対照的に高校時代は人気者であり、Mr.井草にも選ばれたことがあった。
この頃に「ウーチャカ」というあだ名が付き、「ウーチャカ大放送」という校内ラジオ放送のパーソナリティをやっていた。理由も、アナウンサー志望だったかららしい。因みに「ウーチャカ」とはあだ名「裕くん」から子音を取って「ウー君」となり、「ウー君」がパンを食べている所を見た友達が「ウー君」がパンを食べているから「ウーパン」と呼んだことによって「ウーパン」と変化し、最終的に「ウーチャカ」に落ち着いたとされる。 早稲田大学も受験したが、受験日を1日間違えるという致命的失敗で一浪後、日本大学芸術学部演劇学科に進み、太田と出会う。
日大時代でも田中本人が「ウーチャカ」と呼んでくれるよう周囲に頼んでいたが、「小僧(小僧先輩)」とも呼ばれていたという。因みに田中は早生まれで太田より1学年上になるが、一浪の為に太田とは同級生となった。 日芸在籍時には、マキノ雅弘が主催していた私塾にも通っていた。
同時期にお笑いコンビ「東京ギャグポンプ」を組んでTBSの昼の番組のレギュラーを持っていたが、売れずに解散。
1988年3月に漫才コンビ「爆笑問題」を結成。
コンビではリーダーを担当しているが、田中が自ら立候補したのでは太田が決めたものである。『号外!!爆笑大問題』で、田中が1階で花屋を経営していた自宅へ訪れ、両親に挨拶をしたと太田がバラし、メディアが一斉に扱った。
その後、同年3月24日に結婚し、二世帯住宅を建てた。太田の暴露から1年後に同番組内で田中が「(バラしたのは)太田さんがね。」と言っている。 2000年9月12日に睾丸肥大の為、入院。
同年10月9日に左側の睾丸摘出手術を受けた。爆笑問題・太田光の項も参照されたい。
誰でも言えそうなストレートすぎるツッコミをする。
太田の無軌道なボケにもきちんと拾い上げて対応し、太田にとって貴重な存在でもある。因みにノリツッコミは恥ずかしくて出来ないと本人が語っていた。睾丸摘出といった身体的特徴を太田にネタにされたり、共演者からイジられる事が多い。
その外見から子供扱いされる事もしばしば。 ミニストップでアルバイトをしていた。
その為、太田から「チビストップ」とよくネタにされている。因みに優秀だった為に店長に抜擢されたことがある。 実兄は元コム・デ・ギャルソン・オム(オムオム)の服飾デザイナー田中啓一。
実姉はアツキオオニシ、ピンクハウスなどの服飾デザイナー田中里美。従姉は声優のならはしみき。おばのにしみやすこは商店街「パールセンター」の名付け親。 視力は0.1未満で、コンタクトレンズを使用している。
テレビに出演したこともある。 チェッカーズ、小泉今日子、佐野元春、サザンオールスターズ、読売ジャイアンツ、ファミスタ、安倍な大ファン。
巨人の中でも大ファンで、中居正広(SMAP)、堀内健(ネプチューン)、ビビる大木らと話題で盛り上がることが多いと発言していた。
名前を聞くと寒気がする程大嫌い。
ミミズを入れた風呂と、毒蛇を入れた風呂ならば、毒蛇を入れた風呂に入ると答えている。猫を飼っており、猫に話しかける時は赤ちゃん言葉になる。 椎茸が大嫌い。
肉まんに椎茸が入っているとそれをきれいに取り除いてから食べる。ミョウガ、セロリ等香りの強い野菜や軟骨の焼き鳥やクラゲの食感も苦手で食べ物の好き嫌いはかなり多いらしい。因みに好物はスイーツ。 一般的に太田は変わった人物で、田中はまともで普通の人間というイメージを持たれることが多いが、「田中さんも実はおかしい」と、伊集院光は主張している(2004年10月4日放送伊集院光『日曜日の秘密基地』)。
時代に草野球で伊集院に対し毎日野球出来るから楽しくてしょうがないんだよと発言したエピソードを紹介し、お笑い芸人なら持っている筈の危機感を持たない田中を「化け物」と評している。 本文を太田光、そして挿絵の代わりに紙粘土細工を田中裕二の組み合わせでエッセイ集を何冊か発売しており、紙粘土の個展を開いたこともある。
草野球ではピッチャー。
投球フォームは基本に忠実でカーブが曲がるらしい。スピードは無いがコントロールは抜群らしい。草野球チームには所属していないが時間がある時には仲の良いタレントのチームに参加している模様。 以前は太田の事を「光」と呼んでいたが、太田がその呼び方をすると機嫌を損ねるようになった為、現在は「太田さん」と呼ぶようにしている。
ラジオ等のフリートークではうっかり口を滑らせて「光」と呼ぶ事がある。 口癖は「言ってみりゃ」「それこそ」等。
田中 裕二 エピソード
30歳になるまで女性と付き合ったことがなく、童貞を喪失したのは24歳の時、新宿歌舞伎町の高級ソープランドにて(しかも、太田らの奢り。その為、しばしばネタにされ、本人も番組等で認める)。
元々太田ら友人の誘いによるもので、田中本人は風俗に行く事を嫌がっていた。その理由として「僕はテトロポリキョン星人だから、そんなことはしない」と発言(尚、彼の世界では小泉今日子もテトロポリキョン星人とのこと)。待合室で待っていた太田に「気持ち良かった」と満足そうに言った為、腹を立てた太田に「二度と風俗に行けない身体にしてやる」という理由で陰毛を剃られてしまった。札幌テレビ製作『号外!!爆笑大問題』で共演していた「爆笑娘。」の一員であるあかぎあいの事を、本気で好きでいたらしい。
1999年4月より子供番組『ポンキッキーズ』にネズミの着ぐるみキャラクター「爆チュー問題」の「たなチュー」としてレギュラー出演。
2006年5月よりその独立番組『空飛ぶ!爆チュー問題』にて引き続き出演。 2001年11月に出演した『THEわれめDEポン』に初出場で優勝したことで、麻雀の雀士として同番組にレギュラー出演している。
その後『うまなりクン』の『ウマでもわかる競馬基礎講座』で田中が獲得した100万円を優勝賞金として麻雀が行われた。田中は名馬を紹介しながらやったが、見事田中が優勝した。 2002年6月28日、『ぐるぐるナインティナイン』に田中が出演。
田中とナインティナインの岡村隆史が犬猿の仲という報道記事が載り、これをネタに本人達による再現コントパロディを放送(スーパーで大喧嘩)。 2002年12月3日、ラジオで解散宣言。
この話題は報道にも載ったのだが誤報であり、本人達は否定していた。 田中が太田の言動にブチ切れて「解散だ!」と叫んだことは何度かあるらしく、その詳細が太田によって著書等で明らかになっている。
太田は彼が尊敬する立川談志の忠告により、解散を考えたことは一度も無い。 「2005年にワールドツアーを行う」とバラート・クラーラに予言されていたが、実現には至らなかった。
5時間スペシャルで南極旅行を貰い、その予兆だったとも。
時にも雨が降り、楽しみにしていた妻に本気で怒られたらしい。田中は「俺は神か?」と困惑している(2007年1月9日放送のTBSラジオ爆笑問題カーボーイで本人談)。 28歳で子供と間違われパチンコ屋を追い出されたことがある。
際、田中本人が乗った事に気づかれなかったらしく、運転手に「ここら辺に爆笑問題の田中さんが住んでるんですよ〜!」と事があるらしい。
中沢新一は太田との対談の際、「田中君はすごいね」とベタ誉めしていた。