有働 由美子
有働 由美子(うどう ゆみこ、1969年3月22日 - )は、アナウンサー。
有働 由美子 来歴・人物
大阪府出身。
誕生日は、“放送記念日”にあたる。大阪府立北野高等学校、神戸女学院大学文学部を卒業。
両親は熊本県出身である(『スタジオパークからこんにちは』で本人が発言)。
笛吹雅子キャスターとは、神戸女学院大学の同級生で、現在でも友人関係である。
有働同様スポーツ担当として活躍した同僚の藤井彩子アナウンサー(現在大阪局。異動後はスポーツを離れた)は、北野高校の1年後輩である。
青春時代を送った大阪で新人時代を過ごした後、1994年4月から10年以上にわたり東京アナウンス室勤務。
その後はスポーツ担当として活躍。
オリンピック中継や、『NHKニュース10』キャスター、『NHK紅白歌合戦』紅組司会などの大任を任されることが多かった。敗退や、凄惨な事件に泣くこともあった。スポーツ報道の表舞台を離れ、小川浩司アナウンサーと司会を務める。
その後、小川アナウンサーが体調を崩したこともあり、有働が単独でゲストとトークする今日のスタイルが確立された。2007年度は相方が遠藤亮アナウンサーに交代。
2007年6月、アナウンサー職のままアメリカ総局(ニューヨーク)に異動が決定。
過去には道傳愛子アナウンサーが記者としてバンコク特派員になった例はあるが、アナウンサー職のまま特派員になるのは初めて。
趣味は読書、旅行、料理など。
有働 由美子 エピソード
『おはよう日本』初期は愛嬌もので知られ、メインキャスターや各地の放送局のレポーターなどに冗談を言ったり突込みを入れたりした。
担当時期には、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など重大な事件・災害も多かった(両事件の時には表に出なかったようである。担当終了時にはそのことをコメントしていた)。口調となった。 2000年シドニー五輪柔道種目において、世紀の誤審と呼ばれた「篠原信一対ドゥイエ戦」を放送後、山下泰裕日本代表監督の抗議も虚しく、畳を降りる篠原選手の姿をレポートする際、涙を抑えつつも言葉を詰まらせる場面があった。
2006年4月23日、BSハイビジョンでのプロ野球「巨人×阪神」戦の中継でNHKとしては女性で実況を担当。
解説の梨田昌孝に助けられる場面が多く、選手の妻の名前を間違えて「すみません」と謝罪した時には梨田に「謝って済むような問題じゃない。女性はいいですよね、そうやってニコっと笑って」と突っ込まれた。 2007年4月11日、『スタジオパークからこんにちは』で自身の手書きのカンニングペーパーにゲストの橋爪功の名前を「橋瓜功」と書いていた。
同番組で橋爪から、アナウンサーの中でピカ一ぐらいに好き、好きだから目を合わせられないなどとべた褒めされ、のけぞってのびてしまった。自動的に降板となる。
後任はこのあとに放送されている『お元気ですか日本列島』から、武内陶子アナウンサーがスライドすることになっている。
有働 由美子 現在の担当番組スタジオパークからこんにちは(2006年4月〜2007年6月1日)
有働 由美子 過去の担当番組NHKニュースおはよう日本(1994年4月 - 1997年3月) サタデースポーツ、 サンデースポーツ(メインキャスター。1997年4月 - 2002年3月) NHKニュース10(2002年4月 - 2006年3月) 2004年3月まではスポーツ専任。
それ以降はメインキャスターとスポーツの兼任。 NHK紅白歌合戦(第52回〜第54回) いずれも紅組司会。
第54回では回を膳場貴子とともに担当。2004年2月11日に再放送された際、直後に繰り上げスタートとなった前項の番組では、中日ドラゴンズの落合博満監督にインタビューするためキャンプ地の沖縄県から中継したのだが、番組冒頭、紅白歌合戦で着用した腕なしのドレスを身に纏い、完敗決定の瞬間を再現した(もちろんその後すぐに普通の衣装に着替えている)。
有働 由美子 来歴・人物
大阪府出身。
誕生日は、“放送記念日”にあたる。大阪府立北野高等学校、神戸女学院大学文学部を卒業。
両親は熊本県出身である(『スタジオパークからこんにちは』で本人が発言)。
笛吹雅子キャスターとは、神戸女学院大学の同級生で、現在でも友人関係である。
有働同様スポーツ担当として活躍した同僚の藤井彩子アナウンサー(現在大阪局。異動後はスポーツを離れた)は、北野高校の1年後輩である。
青春時代を送った大阪で新人時代を過ごした後、1994年4月から10年以上にわたり東京アナウンス室勤務。
その後はスポーツ担当として活躍。
オリンピック中継や、『NHKニュース10』キャスター、『NHK紅白歌合戦』紅組司会などの大任を任されることが多かった。敗退や、凄惨な事件に泣くこともあった。スポーツ報道の表舞台を離れ、小川浩司アナウンサーと司会を務める。
その後、小川アナウンサーが体調を崩したこともあり、有働が単独でゲストとトークする今日のスタイルが確立された。2007年度は相方が遠藤亮アナウンサーに交代。
2007年6月、アナウンサー職のままアメリカ総局(ニューヨーク)に異動が決定。
過去には道傳愛子アナウンサーが記者としてバンコク特派員になった例はあるが、アナウンサー職のまま特派員になるのは初めて。
趣味は読書、旅行、料理など。
有働 由美子 エピソード
『おはよう日本』初期は愛嬌もので知られ、メインキャスターや各地の放送局のレポーターなどに冗談を言ったり突込みを入れたりした。
担当時期には、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など重大な事件・災害も多かった(両事件の時には表に出なかったようである。担当終了時にはそのことをコメントしていた)。口調となった。 2000年シドニー五輪柔道種目において、世紀の誤審と呼ばれた「篠原信一対ドゥイエ戦」を放送後、山下泰裕日本代表監督の抗議も虚しく、畳を降りる篠原選手の姿をレポートする際、涙を抑えつつも言葉を詰まらせる場面があった。
2006年4月23日、BSハイビジョンでのプロ野球「巨人×阪神」戦の中継でNHKとしては女性で実況を担当。
解説の梨田昌孝に助けられる場面が多く、選手の妻の名前を間違えて「すみません」と謝罪した時には梨田に「謝って済むような問題じゃない。女性はいいですよね、そうやってニコっと笑って」と突っ込まれた。 2007年4月11日、『スタジオパークからこんにちは』で自身の手書きのカンニングペーパーにゲストの橋爪功の名前を「橋瓜功」と書いていた。
同番組で橋爪から、アナウンサーの中でピカ一ぐらいに好き、好きだから目を合わせられないなどとべた褒めされ、のけぞってのびてしまった。自動的に降板となる。
後任はこのあとに放送されている『お元気ですか日本列島』から、武内陶子アナウンサーがスライドすることになっている。
有働 由美子 現在の担当番組スタジオパークからこんにちは(2006年4月〜2007年6月1日)
有働 由美子 過去の担当番組NHKニュースおはよう日本(1994年4月 - 1997年3月) サタデースポーツ、 サンデースポーツ(メインキャスター。1997年4月 - 2002年3月) NHKニュース10(2002年4月 - 2006年3月) 2004年3月まではスポーツ専任。
それ以降はメインキャスターとスポーツの兼任。 NHK紅白歌合戦(第52回〜第54回) いずれも紅組司会。
第54回では回を膳場貴子とともに担当。2004年2月11日に再放送された際、直後に繰り上げスタートとなった前項の番組では、中日ドラゴンズの落合博満監督にインタビューするためキャンプ地の沖縄県から中継したのだが、番組冒頭、紅白歌合戦で着用した腕なしのドレスを身に纏い、完敗決定の瞬間を再現した(もちろんその後すぐに普通の衣装に着替えている)。