和田アキ子
和田アキ子
歌手。
本名は飯塚現子、旧姓和田。
血液型はO型。公式プロフィールでは身長174cm。愛称は「アッコ」・「アコ」・「ゴッド姉ちゃん」。
和田アキ子 プロフィール
記事の正確さ:この記事の正確さについてはいるか、あるいは議論中です。
ノートを参照してください。
1950年、大阪府大阪市生野区鶴橋出身。
和田アキ子 在日韓国人二世で、旧名は「金福子」(旧通名、金海福子)。
15歳の頃から、ジャズ喫茶などで歌い始める。
長身から発せられるパワフルな歌声は評判を呼び、ホリプロ(当時はホリプロダクション)の社長、堀威夫直々にスカウトされる。和田はバンドを組んでいて、バンドのメンバーと一緒にデビューできるものと思っていたが、実際にデビュー出来たのは和田一人だけであった。学生時代は番長として有名で、舎弟を持つあったと言われる。通称・ミナミのアコ。 3日で高校中退(本人は自主退学と言っている。実際はバー・クラブなどでの歌手活動の為)。
アマチュア歌手時代には、大阪ミナミの繁華街で恐喝をされ殴られていた「お上りさん」を助ける。
彼らに同情し泊れる宿を手配、宿代を肩代わりした。帰路の汽車賃も工面し国鉄の大阪駅まで見送る親身になって面倒を見る人情家の面もある。 1968年10月25日、『星空の孤独』でレコードデビュー。
キャッチ・コピーは「和製リズム・アンド・ブルースの女王」。このデビュー曲は話題にならなかったが、2曲目の『どしゃぶりの雨の中で』がヒットし、人気歌手の仲間入りをした。 1970年
NHK紅白歌合戦(この記事では以降、紅白と略す)に初出場。
曲は『笑って許して』。(日活)で映画初出演。
この曲は自他共に認める和田の代表曲。2001年にWhat's Love?によって、2005年にはサンボマスターによってカヴァーされた。この曲の歌詞にはベトナム戦争への反戦メッセージが込められているといわれ、大ヒット曲にもかかわらず、当時のNHKに配慮し1972年の紅白では和田はこの曲を歌っていない(後年、紅白で4回歌った)。 1973年から日本テレビ系のバラエティ番組『金曜10時!うわさのチャンネル!!』に出演。
番組中で「ゴッド姉ちゃん」と呼ばれ、せんだみつ湯原昌幸、ザ・デストロイヤーらとドタバタギャグを繰り広げた事で、デカくて・コワい・強いというイメージが全国的に広まった。 1976年にプロモーション会社社長と結婚したが、8ヶ月で離婚。
イメージが定着してしまったのを嫌い、『うわさのチャンネル』など、バラエティ番組のレギュラーを降り、歌手一本で仕事をすると宣言。
違いから日本テレビと折り合いが悪くなる(現在は和解)。その後、人気は一時低迷。カメラマンの飯塚浩司(現在、テレビ制作・広告代理会社「エー・アンド・ケイ」代表取締役社長)と再婚。
この頃から、萩本欽一の番組に出演するようになる。 1985年から、司会を担当。
この番組で、和田は復活。紅白にも歌手として返り咲く。紅白の紅組司会者を務める。
その後1988年、1997年にも司会を担当。紅白の大トリを務める。
抜群の声量を生かし、曲の途中ではハンドマイクを使わず歌うなど、パフォーマンスを見せた。 2000年2月3日、東京・紀尾井町の路上でライトバンにはねられ、右足骨折の軽傷を負う。
このとき、救急隊員は倒れている和田を見て「被害者は30歳代の男性」と無線連絡した。オリコンチャートでm-floとのコラボレート作品『Hey!』がオリコン初登場9位を記録し、自身33年ぶりとオリコンTop10入りを果たした。
同曲ではキャリアにおいて初と紅白出場を果たす。 2005年、週刊文春8月11日18日夏の特大号において自らが在日コリアン2世であることをカミングアウトした。
同年10月7日、母の和田森子が死去。
その為、8日の『アッコのいいかげん』と9日の『おまかせ!』を欠席した(8日は通夜、9日は告別式となっていた)。 2007年4月10日、東京・西麻布に和食屋「わだ家」をオープンする。
弟は柔道整復師で一度『主治医が見つかる診療所』に出演している。
人物
芸名の「アキ子」も「アキ」がカタカナであるのは、本名の「現子」が普通に読めないので、ホリプロの社長に付けられた。
本名も当て字である(戸籍#ワンポイント参照)。 くすぐりが苦手であり、耳に息を吹きかけるだけで過剰な反応を見せる。
全国ネットでは時折標準語で話すが、関西出身のタレントや歌手やお笑い芸人や女優と共演する時やドラマで関西出身の人物を演じるときは関西弁で話している。
視聴者参加番組で関西から出場する人にも時も関西弁で話している。 強面イメージとは裏腹に動物が苦手である。
蛇が大嫌い。 そんな動物嫌いで有名な和田だが、中央競馬・地方競馬の馬主として知られている。
馬主で、最近では自分の曲(2003年発売)から名づけた「ルンバデブンブン」とアルバムのタイトルから名づけた「ダイナマイトソウル」という名前の競走馬の馬主となっているが、実質的な管理等は実弟に任せている(本名の飯塚現子名義)。2004年に日本中央競馬会創立50周年記念としてジャパンカップ・ジャパンカップダートの両GIを同日に東京競馬場で開催したゴールデンジュビリーデイでは国歌『君が代』を独唱した。ジャパンカップで優勝プレゼンターを務めた。ヘビースモーカーで、特に麻雀をやっていた時は1カートン(200本)は吸っていたという。
これが原因で、肺炎になってしまったことを2006年2月11日放送の『アッコのいいかげんに1000回』でカミングアウトした。禁煙してほしい有名人では上位にランクインしている。 デビュー当初は大柄な体格が元で、態度をとっていないにもかかわらず先輩歌手から「態度がでかい!」と苛められていた。
他にも数え切れない理不尽な苛め(今昔の芸能界では、よくある・あったとされる事)に遭い、「私がプロとして一人立ちした時には、後輩にはそう言う事をしない様にしよう」と、誓ったそう。後述の様に、後輩芸能人、こと芸人・お笑いタレントに無理難題な要求(主に、飲酒時の事が多い)をさせると言った話は、語り草になっている。頃に不在の楽屋を狙った窃盗犯を取り押さえ、警察から表彰された事がある。
事務所がデビュー時に決めたプロフィールとズレが生じてしまった。それ以後、事務所は訂正した。 極度の上がり症である。
前には為に、前日にはバラエティ番組の収録予定をいれず、また1時間前から楽屋には誰も入れない。
敬愛するレイ・チャールズの写真にキスをしている。
そのレイ・チャールズの使用していたサングラスを所有しているが、何故トイレに飾っている。
そのサングラスをふざけてかけた柳葉敏郎を「しばきたかった」と語っている。関西弁で「殴りたかった」の意味である。 1988年5月25日には、アッコにおまかせ合唱団名義でシングル『ダ・ダ・ダ・ダ・ダイエット』を発売している。
ヒット曲を持つ和田だが、オリコン最高位はシングル8位、アルバム25位止まりである。
シングル『トゥモロー〜ジョージアで行きましょう編〜』はオリコン77位(サウンドスキャンでは90位)を記録し、1992年発売の『愛・とどきませんか』以来11年ぶりのオリコン100位以内ランクインシングルとなった。アルバム『今日までそして明日から』はオリコン76位を記録し、1972年発売の『オリジナル・ゴールデン・ヒット集』以来34年ぶりのオリコン100位以内ランクインアルバムとなった。トータル売上金額は2億220万円で総合993位である(「オリコンウィーク・ザ・一番」2000年1月3日・10日合併号より)。
タレント好感度アンケートでは上位にランクされる。
潜在的高視聴率を見込んで新番組では第1回のゲストに呼ばれることがある。 和田が初回に出演した番組は、人気番組になるというジンクスがあるとされ、大型番組・主力番組のゲストとして出演することもある。
『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系)の中のコーナー、「テレフォンショッキング」の最多出場ゲストとしても知られている(2006年10月30日放送分をもって18回目)。
コーナー内では毎回のように司会のタモリにくすぐる真似などをされ、からかわれている。 毎年紅白終了後に、マネージャーと共に干支の被り物をして、週刊誌・ワイドショーの取材スタッフが通路を通る。
2003年に、久本雅美とユニット・ババロア@を結成して曲を出した。
司会を務めてが、台本通りに司会をなければならず、アイドル歌手に毎週のように媚を売るような司会を相当なストレスになった、と後年に心境を吐露している。
和田はおり、プロ野球の清原和博が通っているジムに通っている。
人気コーナーだった「ちくしてつやの真夜中トーク」に、ほろ酔いの和田が登場した際暴れたことから、このコーナーは終了してしまった。
初期に会社が洋モノの名前がいいということで芸名が『マーガレット和田』になりかけたことがあるが、その案が出たときに皆が引いてしまい、この案は結局中止になった。
そのことをタモリに後年話した所「イメージというものがあるでしょう!」と言われたことがある。 2005年7月13日、m-flo loves EMYLI & YOSHIKAの『Loop In My Heart』と両A面シングル『HEY!』が発売された。
同シングルはオリコンで9位を記録し、和田にとっては33年6か月ぶりのオリコンTOP10シングルとなった。 ホリプロでは在籍期間が女性タレントでは最長で、全体でも守屋浩に次いで長い。
トイレに行く際、その声色・服装から男性と間違われることがしばしばある。
性格・キャラクターから、「和田アキオ」と呼ばれることがあるが、和田の弟の名前でもある。
芸能界の中でも礼節を重視する人物である。
映画「クローズド・ノート」で舞台挨拶の際、終始仏頂面で腕を組むという態度で挨拶をした後輩・沢尻エリカに対して「舞台挨拶でたった三言しか喋らないとはプロ失格」と批判した。エピソード和田アキ子自身又は他者による作り話、或いは誇張表現で語られたエピソードが、事実と誤認されてしまうケースが多い。
エピソードは主に、ニッポン放送『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』否定・訂正している。
歌手・小林幸子との喧嘩、実際には喧嘩など会うのも紅白出演時のみで会えないので喧嘩しようがないという一方で、話を振られれば口撃ともとれる発言も散見される。
主題歌『キン肉マン Go Fight!』や『富士サファリパーク』のCMソングを歌っているのは和田であると言われる事があるが、歌っているのは串田アキラである。
過去の出演番組
テレビドラマ
あんたがた 噂の刑事トミーとマツ(TBS 第1シリーズ第54話・第2シリーズ第16話ゲスト 麻薬取締官役) ゴメンドーかけます!(1989年、フジテレビ) 翔べ! 必殺うらごろし(※主題歌も) 西遊記(パートII、14話ゲスト出演)鬼子母神役 スクール☆ウォーズ(TBS系、『スクール☆ウォーズII』にも出演) 妻たちの課外授業(日本テレビ系) ええにょぼ(NHK連続テレビ小説) 14ヶ月 妻が子供に還っていく(よみうりテレビ製作・日本テレビ系、第1話のみ特別出演) 和田アキ子 特別企画ドラマ ザ・介護番長(TBS) 和田アキ子殺人事件 (2007年2月12日、TBS) - 主演・和田アキ子 役
バラエティ
金曜10時!うわさのチャンネル!!(日本テレビ系、1972〜1979、終了) かっぺい・アッコの二人!!(日本テレビ系、1986〜1988、終了) 快傑熟女!心配ご無用(TBS系、終了) B.C.ビューティー・コロシアム(フジテレビ系、終了) しあわせ家族計画→オフレコ!(TBS系、終了) クイズ悪魔のささやき(TBS系、1994〜1996、終了) 直撃!ウワサの5人(フジテレビ系、2001〜2002、終了) 夜のヒットスタジオ(フジテレビ系、1968〜1990、終了) 世界超密着TV!ワレワレハ地球人ダ!!(フジテレビ系、終了) 新型テレビ(福岡放送制作・日本テレビ系、終了) 8時です!みんなのモンダイ(TBS系、2004年、終了) ミンナのテレビ(日本テレビ系、2005.4〜9、終了) 歌のトップテン(日本テレビ系、1986〜1990、終了) TVマンモス(日本テレビ系、1990〜1991、終了) 和田アキ子アワー(テレビ朝日系、1990、終了)、 全員正解!あたりまえクイズ(TBS系、2005〜2006、終了) 歌笑HOTヒット10→ウタワラ(日本テレビ系、2005〜2007、終了) 個人授業II(TBS系、2006〜2007、終了)
ラジオ
アッコ・徳光のラジオ紅白歌合戦(ニッポン放送)
映画
女番長! 野良猫ロック
花嫁戦争
極道の妻たちII
CM
ハウス食品
フマキラー
永谷園
リーブ21
カシオ
日本通運
東洋羽毛
サントリー(MDゴールデンドライ) 明治製菓(カール)
DVD
withyou~tomrrow (芸能生活35周年コンサート)
著書
和田アキ子だ! 文句あっか! 発行部数は120万部に達した。
和田アキ子の“バ・カ・ダ・ネ”―よせばいいのに言っちゃった― 5年目のハイヒール 啓示
和田のものまねをレパートリーにしている芸能人吉村明宏
ノブ(ノブ&フッキー) カール北川
また、和田のものまねで知られていた。
歌手。
本名は飯塚現子、旧姓和田。
血液型はO型。公式プロフィールでは身長174cm。愛称は「アッコ」・「アコ」・「ゴッド姉ちゃん」。
和田アキ子 プロフィール
記事の正確さ:この記事の正確さについてはいるか、あるいは議論中です。
ノートを参照してください。
1950年、大阪府大阪市生野区鶴橋出身。
和田アキ子 在日韓国人二世で、旧名は「金福子」(旧通名、金海福子)。
15歳の頃から、ジャズ喫茶などで歌い始める。
長身から発せられるパワフルな歌声は評判を呼び、ホリプロ(当時はホリプロダクション)の社長、堀威夫直々にスカウトされる。和田はバンドを組んでいて、バンドのメンバーと一緒にデビューできるものと思っていたが、実際にデビュー出来たのは和田一人だけであった。学生時代は番長として有名で、舎弟を持つあったと言われる。通称・ミナミのアコ。 3日で高校中退(本人は自主退学と言っている。実際はバー・クラブなどでの歌手活動の為)。
アマチュア歌手時代には、大阪ミナミの繁華街で恐喝をされ殴られていた「お上りさん」を助ける。
彼らに同情し泊れる宿を手配、宿代を肩代わりした。帰路の汽車賃も工面し国鉄の大阪駅まで見送る親身になって面倒を見る人情家の面もある。 1968年10月25日、『星空の孤独』でレコードデビュー。
キャッチ・コピーは「和製リズム・アンド・ブルースの女王」。このデビュー曲は話題にならなかったが、2曲目の『どしゃぶりの雨の中で』がヒットし、人気歌手の仲間入りをした。 1970年
NHK紅白歌合戦(この記事では以降、紅白と略す)に初出場。
曲は『笑って許して』。(日活)で映画初出演。
この曲は自他共に認める和田の代表曲。2001年にWhat's Love?によって、2005年にはサンボマスターによってカヴァーされた。この曲の歌詞にはベトナム戦争への反戦メッセージが込められているといわれ、大ヒット曲にもかかわらず、当時のNHKに配慮し1972年の紅白では和田はこの曲を歌っていない(後年、紅白で4回歌った)。 1973年から日本テレビ系のバラエティ番組『金曜10時!うわさのチャンネル!!』に出演。
番組中で「ゴッド姉ちゃん」と呼ばれ、せんだみつ湯原昌幸、ザ・デストロイヤーらとドタバタギャグを繰り広げた事で、デカくて・コワい・強いというイメージが全国的に広まった。 1976年にプロモーション会社社長と結婚したが、8ヶ月で離婚。
イメージが定着してしまったのを嫌い、『うわさのチャンネル』など、バラエティ番組のレギュラーを降り、歌手一本で仕事をすると宣言。
違いから日本テレビと折り合いが悪くなる(現在は和解)。その後、人気は一時低迷。カメラマンの飯塚浩司(現在、テレビ制作・広告代理会社「エー・アンド・ケイ」代表取締役社長)と再婚。
この頃から、萩本欽一の番組に出演するようになる。 1985年から、司会を担当。
この番組で、和田は復活。紅白にも歌手として返り咲く。紅白の紅組司会者を務める。
その後1988年、1997年にも司会を担当。紅白の大トリを務める。
抜群の声量を生かし、曲の途中ではハンドマイクを使わず歌うなど、パフォーマンスを見せた。 2000年2月3日、東京・紀尾井町の路上でライトバンにはねられ、右足骨折の軽傷を負う。
このとき、救急隊員は倒れている和田を見て「被害者は30歳代の男性」と無線連絡した。オリコンチャートでm-floとのコラボレート作品『Hey!』がオリコン初登場9位を記録し、自身33年ぶりとオリコンTop10入りを果たした。
同曲ではキャリアにおいて初と紅白出場を果たす。 2005年、週刊文春8月11日18日夏の特大号において自らが在日コリアン2世であることをカミングアウトした。
同年10月7日、母の和田森子が死去。
その為、8日の『アッコのいいかげん』と9日の『おまかせ!』を欠席した(8日は通夜、9日は告別式となっていた)。 2007年4月10日、東京・西麻布に和食屋「わだ家」をオープンする。
弟は柔道整復師で一度『主治医が見つかる診療所』に出演している。
人物
芸名の「アキ子」も「アキ」がカタカナであるのは、本名の「現子」が普通に読めないので、ホリプロの社長に付けられた。
本名も当て字である(戸籍#ワンポイント参照)。 くすぐりが苦手であり、耳に息を吹きかけるだけで過剰な反応を見せる。
全国ネットでは時折標準語で話すが、関西出身のタレントや歌手やお笑い芸人や女優と共演する時やドラマで関西出身の人物を演じるときは関西弁で話している。
視聴者参加番組で関西から出場する人にも時も関西弁で話している。 強面イメージとは裏腹に動物が苦手である。
蛇が大嫌い。 そんな動物嫌いで有名な和田だが、中央競馬・地方競馬の馬主として知られている。
馬主で、最近では自分の曲(2003年発売)から名づけた「ルンバデブンブン」とアルバムのタイトルから名づけた「ダイナマイトソウル」という名前の競走馬の馬主となっているが、実質的な管理等は実弟に任せている(本名の飯塚現子名義)。2004年に日本中央競馬会創立50周年記念としてジャパンカップ・ジャパンカップダートの両GIを同日に東京競馬場で開催したゴールデンジュビリーデイでは国歌『君が代』を独唱した。ジャパンカップで優勝プレゼンターを務めた。ヘビースモーカーで、特に麻雀をやっていた時は1カートン(200本)は吸っていたという。
これが原因で、肺炎になってしまったことを2006年2月11日放送の『アッコのいいかげんに1000回』でカミングアウトした。禁煙してほしい有名人では上位にランクインしている。 デビュー当初は大柄な体格が元で、態度をとっていないにもかかわらず先輩歌手から「態度がでかい!」と苛められていた。
他にも数え切れない理不尽な苛め(今昔の芸能界では、よくある・あったとされる事)に遭い、「私がプロとして一人立ちした時には、後輩にはそう言う事をしない様にしよう」と、誓ったそう。後述の様に、後輩芸能人、こと芸人・お笑いタレントに無理難題な要求(主に、飲酒時の事が多い)をさせると言った話は、語り草になっている。頃に不在の楽屋を狙った窃盗犯を取り押さえ、警察から表彰された事がある。
事務所がデビュー時に決めたプロフィールとズレが生じてしまった。それ以後、事務所は訂正した。 極度の上がり症である。
前には為に、前日にはバラエティ番組の収録予定をいれず、また1時間前から楽屋には誰も入れない。
敬愛するレイ・チャールズの写真にキスをしている。
そのレイ・チャールズの使用していたサングラスを所有しているが、何故トイレに飾っている。
そのサングラスをふざけてかけた柳葉敏郎を「しばきたかった」と語っている。関西弁で「殴りたかった」の意味である。 1988年5月25日には、アッコにおまかせ合唱団名義でシングル『ダ・ダ・ダ・ダ・ダイエット』を発売している。
ヒット曲を持つ和田だが、オリコン最高位はシングル8位、アルバム25位止まりである。
シングル『トゥモロー〜ジョージアで行きましょう編〜』はオリコン77位(サウンドスキャンでは90位)を記録し、1992年発売の『愛・とどきませんか』以来11年ぶりのオリコン100位以内ランクインシングルとなった。アルバム『今日までそして明日から』はオリコン76位を記録し、1972年発売の『オリジナル・ゴールデン・ヒット集』以来34年ぶりのオリコン100位以内ランクインアルバムとなった。トータル売上金額は2億220万円で総合993位である(「オリコンウィーク・ザ・一番」2000年1月3日・10日合併号より)。
タレント好感度アンケートでは上位にランクされる。
潜在的高視聴率を見込んで新番組では第1回のゲストに呼ばれることがある。 和田が初回に出演した番組は、人気番組になるというジンクスがあるとされ、大型番組・主力番組のゲストとして出演することもある。
『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系)の中のコーナー、「テレフォンショッキング」の最多出場ゲストとしても知られている(2006年10月30日放送分をもって18回目)。
コーナー内では毎回のように司会のタモリにくすぐる真似などをされ、からかわれている。 毎年紅白終了後に、マネージャーと共に干支の被り物をして、週刊誌・ワイドショーの取材スタッフが通路を通る。
2003年に、久本雅美とユニット・ババロア@を結成して曲を出した。
司会を務めてが、台本通りに司会をなければならず、アイドル歌手に毎週のように媚を売るような司会を相当なストレスになった、と後年に心境を吐露している。
和田はおり、プロ野球の清原和博が通っているジムに通っている。
人気コーナーだった「ちくしてつやの真夜中トーク」に、ほろ酔いの和田が登場した際暴れたことから、このコーナーは終了してしまった。
初期に会社が洋モノの名前がいいということで芸名が『マーガレット和田』になりかけたことがあるが、その案が出たときに皆が引いてしまい、この案は結局中止になった。
そのことをタモリに後年話した所「イメージというものがあるでしょう!」と言われたことがある。 2005年7月13日、m-flo loves EMYLI & YOSHIKAの『Loop In My Heart』と両A面シングル『HEY!』が発売された。
同シングルはオリコンで9位を記録し、和田にとっては33年6か月ぶりのオリコンTOP10シングルとなった。 ホリプロでは在籍期間が女性タレントでは最長で、全体でも守屋浩に次いで長い。
トイレに行く際、その声色・服装から男性と間違われることがしばしばある。
性格・キャラクターから、「和田アキオ」と呼ばれることがあるが、和田の弟の名前でもある。
芸能界の中でも礼節を重視する人物である。
映画「クローズド・ノート」で舞台挨拶の際、終始仏頂面で腕を組むという態度で挨拶をした後輩・沢尻エリカに対して「舞台挨拶でたった三言しか喋らないとはプロ失格」と批判した。エピソード和田アキ子自身又は他者による作り話、或いは誇張表現で語られたエピソードが、事実と誤認されてしまうケースが多い。
エピソードは主に、ニッポン放送『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』否定・訂正している。
歌手・小林幸子との喧嘩、実際には喧嘩など会うのも紅白出演時のみで会えないので喧嘩しようがないという一方で、話を振られれば口撃ともとれる発言も散見される。
主題歌『キン肉マン Go Fight!』や『富士サファリパーク』のCMソングを歌っているのは和田であると言われる事があるが、歌っているのは串田アキラである。
過去の出演番組
テレビドラマ
あんたがた 噂の刑事トミーとマツ(TBS 第1シリーズ第54話・第2シリーズ第16話ゲスト 麻薬取締官役) ゴメンドーかけます!(1989年、フジテレビ) 翔べ! 必殺うらごろし(※主題歌も) 西遊記(パートII、14話ゲスト出演)鬼子母神役 スクール☆ウォーズ(TBS系、『スクール☆ウォーズII』にも出演) 妻たちの課外授業(日本テレビ系) ええにょぼ(NHK連続テレビ小説) 14ヶ月 妻が子供に還っていく(よみうりテレビ製作・日本テレビ系、第1話のみ特別出演) 和田アキ子 特別企画ドラマ ザ・介護番長(TBS) 和田アキ子殺人事件 (2007年2月12日、TBS) - 主演・和田アキ子 役
バラエティ
金曜10時!うわさのチャンネル!!(日本テレビ系、1972〜1979、終了) かっぺい・アッコの二人!!(日本テレビ系、1986〜1988、終了) 快傑熟女!心配ご無用(TBS系、終了) B.C.ビューティー・コロシアム(フジテレビ系、終了) しあわせ家族計画→オフレコ!(TBS系、終了) クイズ悪魔のささやき(TBS系、1994〜1996、終了) 直撃!ウワサの5人(フジテレビ系、2001〜2002、終了) 夜のヒットスタジオ(フジテレビ系、1968〜1990、終了) 世界超密着TV!ワレワレハ地球人ダ!!(フジテレビ系、終了) 新型テレビ(福岡放送制作・日本テレビ系、終了) 8時です!みんなのモンダイ(TBS系、2004年、終了) ミンナのテレビ(日本テレビ系、2005.4〜9、終了) 歌のトップテン(日本テレビ系、1986〜1990、終了) TVマンモス(日本テレビ系、1990〜1991、終了) 和田アキ子アワー(テレビ朝日系、1990、終了)、 全員正解!あたりまえクイズ(TBS系、2005〜2006、終了) 歌笑HOTヒット10→ウタワラ(日本テレビ系、2005〜2007、終了) 個人授業II(TBS系、2006〜2007、終了)
ラジオ
アッコ・徳光のラジオ紅白歌合戦(ニッポン放送)
映画
女番長! 野良猫ロック
花嫁戦争
極道の妻たちII
CM
ハウス食品
フマキラー
永谷園
リーブ21
カシオ
日本通運
東洋羽毛
サントリー(MDゴールデンドライ) 明治製菓(カール)
DVD
withyou~tomrrow (芸能生活35周年コンサート)
著書
和田アキ子だ! 文句あっか! 発行部数は120万部に達した。
和田アキ子の“バ・カ・ダ・ネ”―よせばいいのに言っちゃった― 5年目のハイヒール 啓示
和田のものまねをレパートリーにしている芸能人吉村明宏
ノブ(ノブ&フッキー) カール北川
また、和田のものまねで知られていた。