パリス・ヒルトン

パリス・ヒルトン
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パリス・ヒルトン 0


パリス・ヒルトン

アメリカ合衆国の女性ファッションモデル、ファッションデザイナー、女優、映画プロデューサー。



パリス・ヒルトン 来歴

パリス・ヒルトン 生い立ち
曽祖父はドイツ系・ノルウェー系アメリカ人のヒルトンホテル創業者であるコンラッド・ヒルトン。
コンラッドの元妻のザ・ザ・ガボールと同じ奢侈(しゃし)な生活で有名なので、しばしばメディアで比べられる。祖父にバロン・ヒルトン、祖父の兄であるコンラッド・ヒルトン・ジュニアの元妻はエリザベス・テイラーだったので、ヒルトン一族は昔からスポットライトを浴びていた。
父親のリチャード・ヒルトンはコンラッド・ヒルトンの二男の8人いる子供の6番目。
ホテル業とは無関係だが不動産会社を経営しており、2003年現在の資産は300億円と言われる。母親のキャシー・ヒルトンは"キャシー・リチャーズ"の名で女優として幼い時から芸能界で活動しており、歌手のマイケル・ジャクソンと幼馴染である。
母親の妹(パリスからすると叔母)であるカイル・リチャーズ、キム・リチャーズも女優をしているので、芸能一家としての一面もある。
また、妹のニッキー・ヒルトンと二人でヒルトン姉妹として有名。一回りほど歳の離れた弟が2人いる。
高校生時代から週に数十万円のお小遣いを貰い、週末は自家用ジェット機でビバリーヒルズとニューヨークを行き来しパーティに参加するなど、幼少の頃から豪華な生活を送っていた。


パリス・ヒルトン 人物
パリスは「メディアに本当の自分をさらけ出す人なんていないわ。私もこんな赤ちゃんみたいな喋り方はしないし、全部作っているキャラクターよ。」とキャラ設定をしていると発言している。
妹のニッキー・ヒルトンも「お姉ちゃんは料理も上手だし家で服とか散らかしてるとすぐに怒られるの」とパリスはただ馬鹿なキャラを演じているだけだと証言している。

ファンサービスは怠らず、2006年8月にデビューアルバムのPRの為、来日した際に行われたイベントでは報道陣のカメラ撮影は禁じたが会場に訪れた一般人のカメラ撮影は許可した。

靴のサイズはサイズ11(日本の標準サイズに置き換えると28.5〜29cm)。

禁固刑で服役後、インタビューで閉所恐怖症であることを明かしている。

彼女が相続する遺産は3000万ドルから5000万ドルの間と推定されている。
だが、2007年12月26日に祖父のバロン・ヒルトンが遺産の97%を死後、慈善目的で寄付する意向を示したため、メディアが推定する額より遥かに下回る可能性もある。
「Fobes」によると彼女自身の年収は2004年に200万ドルでCelebrities100の70位、2005年は650万ドルで55位、2006年は700万ドルで56位であった。

我慢が大の苦手で、トイレの列も必ず割り込みする。
だが2005年3月に行われたパーティーでは珍しく列に並んだが、我慢できなくなりその場で失禁した。

パリス・ヒルトン お騒がせセレブリティファッションモデル、女優として活動しているが、仕事より派手なプライベートの方が話題で世間の注目を集めている。
その突飛な言動でタブロイド紙のゴシップ欄を毎日のように沸かせているパーティー・ガールである。仕事に関しては禁固刑が影響してか芸能契約をしていた大手エージェンシーエンデヴァー・タレント・エージェンシーから契約を2007年6月に打ち切られ、解雇された。
ラスベガスの地元紙「レビュージャーナルで25年目となる「ベストオブラスベガス」の2006年版で「最悪なセレブ」に選ばれた。[16]
パリス自身のメディアでの位置づけが「お騒がせセレブ」というものだからか、あまり取り上げられることはないものの、パリスも実際にはヒルトン家が起こした癌患者のためのチャリティ財産や難病患者のためのチャリティ財団等の仕事に対して妹とともに取り組んでいる。

パリスほどスキャンダルの多いセレブは珍しく、常識の欠如した言動は他セレブリティも批判している(ケリー・オズボーン、P!NK、度々不仲が噂される親友など)。ミーシャ・バートンは「彼女の意地悪な言動は自信のなさからくるもの」と話している。彼女はパリスを批判するというよりは呆れていると話している[17]。

サンダンス映画祭では、創設者であるロバート・レッドフォードに「彼女はパーティー遊びをしに来ているだけだ。サンダンスはもはや手に負えない状況になっている」と批判された。またパリスが1回パーティに参加するだけで、2000万円もの大金がパリスの懐に入ると報じられた(本人曰く、日本ではもう少し多く貰える)[18]。

度重なる騒動により2006年10月から「パリスの入店お断り」の店が続出している[19]。

パリス、リンジー・ローハン、ブリトニー・スピアーズをまとめて「ブリット・パック(Bullitt Pack)」と言う。また、その破天荒ぶりから「バッドガール(Bad Girl)」とも言われる[20]。

デーブ・スペクターによればパリスを好きな人と嫌いな人は極端に分かれるそう[3]。様々なスキャンダルで非難されながらも、アメリカにおいてはバッドガールを支持する若者やパリスのファッションやライフスタイルに憧れるティーンエイジャーを中心に人気を得ている。2006年に女性誌「エル・ジャポン」がインターネットで行った調査では全体の42%がパリスが好きであると回答した[21]。


パリス・ヒルトン シンプル・ライフ
2003年からアメリカ合衆国で放映されたリアリティ・ショー「シンプル・ライフ」では、ゴージャスなロサンゼルスでの生活を後にしてライオネル・リッチーの娘のニコール・リッチーと共に農場生活をした。番組の中で彼女たちは非常識な言動を繰り返し、それがうけて、同じ時間に放映されたブッシュ大統領のインタビュー番組より高い視聴率をとった。

その後パリスとニコールはシーズン3後に絶交[22][23]、シーズン4は別々に撮影された[24]。和解後のシーズン5では、再び一緒に共演している。その後シリーズは更新されず、打ち切りが発表された[25]

パリスは当番組での姿は演技である事を明らかにし、後にやらせである事も暴露している[4][26]。

パリスはシーズン1だけで6億円のギャランティーを得たとされる[3]。同番組で大成功を収めた為、オファーが殺到しギャラも高額になったと伝えられている[27]。


パリス・ヒルトン 世界で最も過大評価されている人
2006年8月にギネスブックに「世界で最も過大評価されている人物」として認定された。ギネスブック側によれば、複数の雑誌でアンケートをとったところ、読者から「買いかぶっている」との意見が、どのセレブよりもいちばん多かったという。[28]。

デビューアルバムのPRの為、来日し、その記者会見でこの事を聞かれて「私にとって大切なのはファン。メディアや批評家から様々な意見が出るが、ファンがどう受け止めるかが大事。」と答えた[29]。


パリス・ヒルトン ペットの飼い主として
飼っていたチワワが、大きくなり過ぎて可愛くないと、母親に育てさせ、別の犬を購入した為、動物愛護団体に非難された[30]。これが影響して犬専門雑誌が2005年に行った「最悪の飼い主」に選ばれている[31]。

2006年8月にペットとして飼っていたキンカジュー(アライグマ科の小獣)に噛まれ、病院で破傷風の注射を受ける。スポークスマンによると、パリスは「ベイビー・ラヴ」と名付けたキンカジューと遊んでいたところ、じゃれて興奮したキンカジューに左腕をかまれてしまったという[32]。


パリス・ヒルトン 男性遍歴
シャナン・ドハーティーの前夫で現在はパメラ・アンダーソンの夫であるリック・ソロモンと付き合っていたが、彼が二人の情事を収めたセックス・ビデオを公に流出させたため、破局。

ミュージシャンでは歌手アヴリル・ラヴィーンの夫であるSum 41のデリック・ウィブリーとは2003年4月~9月まで[3]、バックストリート・ボーイズの人気メンバーニック・カーターと交際した[33]。ブリンク 182のトラヴィス・バーカーとクラブでキス写真を撮られているが、恋仲は否定している[34]。

俳優ではヴィンセント・ギャロ、エドワード・ファーロング[35]と交際した。

ファッションモデルのジェイソン・ショーと2001年〜2003年前半まで交際していた。ピザ屋の宅配のアルバイトをしていたアレックス・ヴァゴーと交際したが直ぐに破局。アレックスは元々モデル志望でこの交際をきっかけにモデルデビューが決定した[36]。

スポーツ選手ではプロテニスプレイヤーのマーク・フィリポーシス[37]、NFLルーキーのマット・ライナートと交際。

2005年5月29日にギリシャの富豪の家出身のパリス・ラティスと婚約したが、5ヵ月後に破棄した為、破局した(婚姻についての契約書の内容でパリス・ラティスの両親が反対したのが理由)[38][39]。その後同じくギリシア大富豪で、メアリー・ケイト・オルセンのボーイフレンドであったスタヴロス・ニアルコス3世と交際するもの2006年5月に破局。

その後、自分を再発見するという目的で2006年7月に1年間の禁欲を宣言した[40]。

禁欲生活後はスウェーデン人モデルのアレックス・ヴァーゴさんと交際中。モデル志望だった彼が大学卒業後にピザ宅配でアルバイトをしていた時に出会い、パリスがモデル事務所を紹介した縁でもある。

芸能ジャーナリストのジャネット・チャールトンによればパリスが好きなのは旬でお金持ちの男性であるが、それよりも好むのは女友達の彼氏であり、恋愛関係の事で女友達と不仲になる事は多々あるので、ハリウッドで女友達は数えるほどしかいないそう[3]。


パリス・ヒルトン 活動

パリス・ヒルトン ファッションモデル・デザイナー
子供の頃からモデルとして活動していた。19歳の時に多くのモデル事務所(例えばニューヨークのFord Models、ロサンゼルスのNous Model Mana gement、ロンドンのModels 1AgencyとModel Management)に所属し仕事をした。その後、トミー・ヒルフィガー、アイスウォッカ、クリスチャン・ディオール含む多くの広告に出演した。また「GQ誌」「ヴァニティーフェア」等の一流ファッション雑誌の表紙も飾っている。余談としてファッションモデルでありながら「ワースト・ドレッサー賞」の上位に毎年ランクインしている[41]。

今までに幾つかのファッションアイテムのプロデュース、デザインをしている。日本のサマンサタバサと協力し財布のプロデュースをし、2002年から同ブランドのプロモーションモデルを妹のニッキーと共に務めている。その他、Amazon.com.の為に宝石のデザインにも取り組んだ。2004年にはParlux Fragrancesと協力し香水をプロデュースした。当初小さなリリースでセットであった為、需要が高く2004年12月以前により広いリリースを必要とした。


パリス・ヒルトン 俳優業・映画プロデューサー
俳優として映画「蝋人形の館」に出演し、2005年ゴールデンラズベリー賞最低助演女優賞[42]、ティーン・チョイスアワード絶叫シーン賞を受賞した。また自身が主演した「プリティ・ライフ パリス・ヒルトンの学園天国」で映画プロデューサーとしてデビューした[43]。

YOSHIKIがエグゼクティブ・プロデューサーと音楽総監督を務めるSFホラーミュージカル「Repo!The Genetico pera!(原題)」に主演で出演する[44]。

映画以外ではドラマ「The O.C.」「ヴェロンカ・ローズ」などにセレブリティ役でゲスト出演している。

演技は「どんな役をやってもパリス本人にしか見えない」と評されている[3]。


パリス・ヒルトン 歌手
2006年8月に「Paris」と名付けたアルバムをリリース(日本盤は通常盤が8月、DVD付き限定盤が9月にワーナーミュージック・ジャパンから発売)。プロデューサーにはヒップホップ界の大物スコット・ストーチを迎える。全米でのセールスは16万枚で、ビルボードチャートは最高6位。

セールスが不調だった為、2007年6月にレコード会社から契約を解除された[45]。


パリス・ヒルトン 作家
2004年の秋に自叙伝的な本「Confessions of an Heiress: A Tongue-in-Chic Peek Behind the Pose」を出版した。伝えられるところによるとパリスは10万ドルを前払いを受けて同作を書いた。

何人かの評論家はメディアで「素人くさい」と酷評した。賛否両論あったが同作はニューヨークタイムズベストセラーになった。同作はデヴィッド・レターマン、ロバート・マンデルなどによってパロディ化された。


パリス・ヒルトン 主な騒動

パリス・ヒルトン セックスビデオ流出
19歳の時に交際していた映画プロデューサーのリック・ソロモンと撮ったセックス・ビデオが2003年12月末にインターネット上に流出した。パリスは翌年に映像の配信を行なったパナマを拠点とするインターネット関連会社Kahatani社を名誉毀損など損害賠償3000万ドル(約31億円)を求める訴えを起こした[46]。

ポルノ会社のレッドライトディストリクト・ビデオ社がリックからビデオ販売を許可する権利を得て、「One night in Paris」というタイトルでアダルトビデオ専門店で発売され、アメリカで60万部を売り上げる大ヒットとなった[47]。

この頃、地味であまり知られていなかったパリスは皮肉にもこの件で一躍有名人となる。


パリス・ヒルトン 携帯電話がクラッキングされる
2005年5月頃に携帯電話がクラッキングされプライベートな写真や登録してあった著名人の電話番号がインターネット上に流出する。この騒動により電話番号が登録してあったエミネム、クリスティーナ・アギレラ他多数の著名人がファンから電話攻めにあう被害にあった。後に本件に関わったクラッカーは警察に逮捕された[48]。


パリス・ヒルトン 出演CMが放送中止
2005年5月17日から放送されたパリスが出演したハンバーガーチェーンカールス・ジュニアのCMが過激すぎると批判され放送中止になった[49]。

同月19日に過激シーンをカットしたバージョンが放送され始めたが、こちらも過激だと批判された。ハンバーガー会社がネットでテレビではカットされたシーンを含んだ動画公開し、アクセスが集中しサーバーがダウンした。[50]。

後に歌手のP!NKが「Stupid Girls」という曲のPVでパロディにして皮肉っている。


パリス・ヒルトン 名誉棄損で訴えられる
2006年1月、元恋人のパリス・ラティスの元彼女で女優のジータ・グラフから2005年7月にパリスがでっち上げた話をニューヨーク・ポスト紙にタレこんだとして名誉毀損で1000万ドル(12億円)の賠償金を求められ訴えられた[51]。2007年8月末に和解した[52]。


パリス・ヒルトン 脅迫により接近禁止命令
2006年1月、イベントプロモーターのブライアン・クインタナに、パリスに嫌がらせやマスコミに向かって自分の事を非難したり、命を脅されたと接近禁止を求められた。ブライアンはパリスの当時の恋人だったスタヴロス・ニアルコスを事実上紹介したとされている人物で、パリスとスタヴロスが交際を始めてからブライアンに対する中傷が始まった。

パリスはブライアンがスタヴロスの元恋人のメアリーケイト・オルセンとよりを戻させようとしていると非難していた。また、ブライアンの取引先に対して、ブライアンと仕事をしない様にと電話をかけたり、ブライアン本人に対して命の脅迫電話を幾度となくかけたという。

2006年2月にロサンゼルス裁判所から接近禁止が命じられた。判決後、パリスの弁護士は「(ブライアンの)売名行為。やっかいな人。」と批判している[53]。


パリス・ヒルトン 当て逃げ
2006年6月、パリスが買い物をした帰りに自分の車をバックさせた際、後ろに駐車していた車にぶつかっておきながら、その場から走り去った事とシートベルト無着用だった事が監視カメラに収められていた映像により発覚した。カリフォルニア州法では、無人の車に対し追突などをした場合、車の持ち主に自分の連絡先などをメモし、その場に残しておくことが義務付けられている為、問題視された。パリスのスポークスマンは「彼女はパパラッチに囲まれ、まぶしいライトを浴びて気が動転していた。駐車場を出る際に係員に自分の連絡先を告げ、追突した車の持ち主に渡すよう手配した。」とコメントしているが、シートベルトの無着用についてはコメントしていない[54]。


パリス・ヒルトン 酒気帯び運転の疑いで逮捕される
2006年9月、酒気帯び運転の疑いで逮捕される。その際、車にはロッド・スチュワートの娘でファッションモデルのキンバリー・スチュアートも同乗していた。これ以前にもスピード違反、当て逃げなどで警察に注意されている[55]。


パリス・ヒルトン 元ミスアメリカと乱闘騒ぎ
2006年10月に元ミスアメリカのシャナ・モークラーにクラブで遊んでいた時に罵声をあびされた上に突然殴られ、それに激怒したパリスが殴り返し乱闘騒ぎとなった。パリスがモークラーの夫であるトラヴィス・バーカーとキスしている写真を撮られた事が原因とされている。それぞれ被害届けを警察に出したが、その後の進展は不明[56]。

2007年10月にシャナはリンジー・ローハンの元彼氏ハリー・モートンがウェブログに自分の電話番号などを掲載したことへの仕返しに、リンジーとパリスの携帯電話の番号やメールアドレスを自身のウェブログに掲載した。ブログは直ぐに削除されたが、電話番号やメールアドレスなどをすぐに変えなければいけないほどの被害にあった。一方、リンジー側は情報は偽物だったので、問題はなかったとコメントしている[57]。


パリス・ヒルトン 禁固刑
※現地時間で記載

2007年1月、飲酒運転をめぐる裁判で危険運転をした罪を認め、3年間の保護観察処分を命じられた。ところが2月、無灯火で走行して警官に停車を命じられ、免停中であることが発覚、保護観察違反に問われていた。米ロサンゼルス地裁は5月4日、保護観察処分の条件に違反したとして、45日間の禁固刑を言い渡し、同年6月5日からロサンゼルス郊外にある刑務所に入るよう命じた[58]。

パリスは「広報担当者であるエリオット・ミンツから、免停ではないので、運転しても問題ないと言われた」と主張し続けたが、これは認められなかった。判決後、パリスは「不公平な扱いを受けた、残酷な判決。」と判決が不当であると主張、パリスの母親は「不愉快でナンセンスな判決」「こんなどうしようもない判決は税金の無駄遣い。くだらないわ。」と不快感を露にした[59]。減刑を求めてカリフォルニア州のアーノルド・シュワルツェネッガー知事に手紙を送るファンもいたという[60]。またパリス本人もウェブサイトで恩赦を求める署名を呼びかけた。恩赦の要請理由は「(私が)つまらない世界に美と興奮をもたらしているから。」であった[21]。広報担当者であるエリオット・ミンツは、責任を取って辞職するも[61]、数日後にはパリスから要請を受け、再び広報担当者の座についている。

判決直後に45日間も刑務所に入らなくてすむのではないかという報道がなされた[62]。というのはドラマ「LOST」の撮影で滞在していたハワイで飲酒運転と保護観察違反で逮捕され、禁固刑が言い渡されていたミシェル・ロドリゲスが刑務所の人員オーバーのために収容されたその日に出所したという出来事があった為である。ミシェルが入った刑務所とパリスが入る刑務所が同じである為、パリスも収容から数時間で出所する可能性があると伝えられていたが、結局は23日間と日数が短くなっただけであった。日数が短くなった事で、パリス側は控訴を取り下げた為、刑務所入りは確実になった。混乱を避ける為に日にちをずらし、2日早い6月3日の午後11時ごろに刑務所に収容された(付き添いは母親と妹)。パリスが収監される刑務所の前には情報を聞きつけたマスコミやパパラッチが大勢詰め掛けていた。混乱を避け、手前の違う刑務所に寄った為、大半のマスコミは刑務所入りするパリスの姿をとらえることが出来なかった。刑務所入りする様子を唯一撮影したのは、芸能情報サイトのTMZのみだったと伝えられた。

パリスと契約しているスポーツブランドFILAコリアはパリスが出演した広告を一時自粛を行った。因みに同ブランドはパリスと100万ドルで1年間の契約をし、若者人気が高まったとし、FILA側は「満足」としている[63]。パリスの1年間の宣伝効果は100万ドル(1億1200万円)に上り、この事から契約が延長された[64]。

収容前の最後の仕事はMTVのイベントで、女性コメディアンのサラ・シルバーマンにネタにされ、下ネタで皮肉られた。また、収監に伴い、マダム・タッソー蝋人形館に展示されているパリスの蝋人形が、白黒ストライプの囚人服に切り替えられた。収監最終日までその衣装で展示された(ただしパリスが実際に着用するのはオレンジ色の囚人服である)。[65]

同年6月7日、刑務所から仮出所した。収監から5日目の早期出所で、地元警察は「健康上の理由」と述べている。残りの刑期は自宅謹慎となる予定だったが、「金持ちで有名人だから優遇された」との反発が噴出し、検察も「仮出所を決める権限は郡警察にない」として、地裁に再考を要請していた。結局、地裁は8日、刑務所の独房に戻るよう命じ、仮出所は無効となった[66]。

パリスを保釈したとみられるリー・バカ保安官が再び問題となった。バカは相当なセレブリティ好きとして知られており、飲酒運転で逮捕されたメル・ギブソンに対し「あれは事故ではなかった」と証拠品(ビデオや録音テープ)を明かさなかったという過去がある。この他にもセレブリティを保釈したり減刑するかわりに見返りを受け取っていた事があった為、今回も収賄疑惑が囁かれた[67]。

10日にパリスたっての希望によりABCニュースのニュースキャスターであるバーバラ・ウォルターズの電話インタビューを受けた。「もうバカなふりは止める」などと述べ反省している旨の発言をした。

26日の午前0時15分頃に出所した。出所したパリスは待ち受けていたマスコミやパパラッチに満面の笑みを見せた[68]。

出所後、最初の仕事はラリー・キングが司会を務めるCNN「ラリー・キングライブ」であった。その後、保養旅行と称してハワイに行き、パパラッチに囲まれながらも海水浴やショッピングを楽しんでいる。

ニュース番組などで自宅が中継された住所が分かってしまった為に、引っ越し、590万ドル(約6億8000万円)の新居を購入した[69]。

同年9月に出演したトーク番組「The Late Show with David Letterman」で司会のデヴィッド・レターマンに禁固刑の事を散々ネタにされた。


パリス・ヒルトン 大手グリーティーング会社を告訴
グリーティーング・カード会社の最大手ホールマーク社が2007年初めにパリスの顔写真が印刷され、口癖である「That's Hot」が書かれたカードを発売した事に対して、肖像権の不正使用とプライバシーの侵害であると使用差し止めと10万ドル(約1100万円)以上の損害賠償を求めて同社を告訴した。

ホールマーク側は同カードは有名人や政治家を風刺したシリーズの一環と説明し、「これらのカードは、パリス・ヒルトンを含む有名人にまつわるニュースやゴシップを風刺的に扱ったもので、当社はヒルトン氏のいかなる権利も侵害していないと考える。」としている[70]。


パリス・ヒルトン その他
母の日のプレゼントを盗まれる
2006年5月に母親のの為に購入したクリスチャン・ディオールの靴、サングラス、ハンドバッグや香水で総額1万ドル(約110万円)の母の日のプレゼントを盗まれる。パリスの自宅にプレゼントを届けに来た配達人がインターホンを鳴らす為、荷物を下に置いた瞬間、通りすがりの自動車が奪い去っていった。プレゼントを渡し自宅で祝う予定であったが、その日は外食で祝ったという[71]。

主演映画のプレミアをボイコット
第59回カンヌ国際映画祭で主演映画「National Lampoons Pledge This!/プリティ・ライフ~パリス・ヒルトンの学園天国~」がプレミア上映され、パリスも参加する予定であったがプロデューサーと口論となり、プレミアをボイコットしてしまった。パリスは理由として、役を受ける時に一切のヌードシーンは無しと確約していたのに、最終的な編集をされた映画に自身のヌードシーンがあった事をあげており、「ムカつく、プレミアなんてどうでもいい。」と怒りを露にした[72]。プレミアには参加しなかったが、カンヌで行われた映画祭関連のパーティには参加した様である[73]

トイレを我慢できず、ヘリコプターを緊急着陸
2006年6月、ヘリコプターでヨーロッパ上空を飛行中にトイレに行きたくなり、いきなりドイツの農家にヘリコプターを緊急着陸させ、見ず知らずの民家に飛び込んで行った。自分がトイレを使用している間はそこに住んでいる家族全員を家の外に出させた。長居していた様で、トイレを貸したその家族は「ものすごく冷たい印象だった。天気に関して文句を言っていた。」と語っている[74]。

クラブ・パリスから解雇される
2007年1月にフロリダにあるクラブ・パリスから解雇を言い渡される。オーナーはパリスの言動が原因であるとし、今後一切の関係を絶つと宣言した[75]

ファッションセンスを盗用したとして訴えられる
2007年11月、パリスにファッションセンスを盗まれ精神的苦痛を受けたとしてカリフォルニア州在住の女性に訴えられる。この女性は自分がヒルトンのインスピレーションになっていると主張し、ヒルトンが盗んだアイデアやコーディネートを2ページにわたって説明した書類を裁判所に提出した