井上怜奈
井上怜奈
兵庫県西宮市生まれのアメリカのフィギュアスケート選手。
井上怜奈 来歴
西宮で出生後、実父の転勤に伴い千葉県松戸市へ転居。
4歳から競技開始。中学3年生で出場した1992年アルベールビルオリンピックには、小山朋昭とペアを組んでの出場。入賞争いには及ばなかったが、ペアでは日本人最高位となる14位となった。その後井上の膝の故障により、小山とのペアを解消する。1994年リレハンメルオリンピックには、女子シングルで出場。
国内選考会では3回転ジャンプを全て決め2位となり、優勝した佐藤有香と共にオリンピック出場を果たした。五輪本番はジャンプを失敗、18位に終わった。その1か月後千葉県の幕張メッセで開かれた世界選手権では13位だった。女子シングルでの代表を目指したが、1997年12月に行われた第66回全日本選手権で3位に終わり出場を逃した。
長野五輪後はペア選手として活動し、2001年シーズンから練習拠点をアメリカに移し、ジョン・ボルドウィンと組んで活動している。
全米選手権では優勝したが、2004年世界選手権は10位に終わった。
2005年9月28日にアメリカ合衆国市民権を獲得、日本国籍を離脱しアメリカ国籍となった。
「できれば日本国籍でトリノオリンピックに参加したかったんですが、日本はペアのレベルが低く、選手層が薄いため、オリンピック出場の夢を叶えるためにアメリカ人になる決心をしました。オリンピックのアメリカ代表になれたらとても誇らしいです。ペアは申雪と趙宏博の中国ペアが強いけど、アメリカ代表としてトリノに行きたいと思っています」とコメントしている。井上は佐藤有香と同様、現地にてボルドウィンと恋人同士となるが、そのペアで、全米選手権、2006年四大陸選手権で優勝を果たし、アメリカ代表に選出され、トリノオリンピックに出場した。
ショートプログラムではペア競技で五輪史上初とスロートリプルアクセルを成功させ、メダルへの期待がかかったが、失敗が響いて、7位入賞にとどまった。メダリストや上位選手が出場するエキシビジョンには、3回転半ジャンプを成功させたことと上位入賞者が次々出場辞退したことも有り、7位ながらも参加となった。トリノ五輪から1か月後の2006年世界選手権では4位入賞。
2007年世界選手権をアマチュア引退を発表したが、今シーズン引退を撤回し現役続行を宣言した。
全米選手権の演技終了後の氷上にて、パートナーであるジョン・ボルドウィンからプロポーズを受け、『はい』と答えた。
戦績
井上怜奈 ペア
戦績はジョン・ボルドウィンと組んで以降。
大会/年 2000-01 2001-02 2002-03 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08
オリンピック 7
世界選手権 10 10 11 4 8
四大陸選手権 7 4 1 3
全米選手権 11 4 3 1 2 1 2
GPファイナル 6 4
GPスケートアメリカ 3 2 1
GPスケートカナダ 2
GPボフロスト杯 5
GP中国杯 5
GPエリック杯 4 2
GPロシア杯 5
GPNHK杯 4 4
井上怜奈 女子シングル
大会/年 1990-91 1991-92 1992-93 1993-94 1994-95 1995-96 1996-97 1997-98
オリンピック 18
世界選手権 13
全日本選手権 2 6 6 3
全日本Jr.選手権 1 2 1 2
NHK杯 11 8
井上怜奈 シニア
1997-1998 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
1997年11月19日-23日 ISUチャンピオンシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) 8 10 10 1997年11月06日-09日 ISUチャンピオンシリーズ スケートカナダ(ハリファックス) 7 9 9
井上怜奈 エピソード
40代半ばの父を肺癌により失い、井上自身も一時期肺癌・卵巣破裂などで辛い闘病生活を送っている。
井上は病気などを一切言い訳にせず練習・競技に打ち込み、ボルドウィンもそんな井上を理解し共に競技生活を歩んでいる。生き様と人間性は、スケート競技の力量以上の感動的な話としてワイドショーなどで紹介された。
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