桜田淳子
桜田淳子
本名:東 淳子
旧姓は櫻田
元女優、歌手である。重度の近眼。→国本女子高等学校(転入)卒業。
桜田淳子 来歴
桜田淳子 歌手として・女優として1972年(昭和47年)、中学2年生(14歳)の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』で優勝し、25社から獲得の意向を示すプラカードが上がった。
自伝「いつだって青春。」によれば当初桜田はホリプロ入りの意向を政治力でサンミュージックに所属する事になったという。翌1973年(昭和48年)2月25日に『天使も夢みる』で歌手としてデビューし、たちまち人気アイドルとなり、山口百恵・森昌子と共に中三トリオ(当時)と呼ばれた。ヒットで、日本レコード大賞最優秀新人賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。ヒットチャートのベストテン常連となり、『はじめての出来事』ではオリコンの第1位を獲得。
その後も『十七の夏』『夏にご用心』『気まぐれヴィーナス』『しあわせ芝居』『リップスティック』『サンタモニカの風』等々、数々のヒットを飛ばした。シングルは累計で600万枚近くを売り上げ、18曲をチャートのベストテンに送り込んでいる。オリコン・シングルレコード売り上げ年間第1位、ブロマイドや各種人気投票でも女性歌手部門で1位になるなど、トップアイドルのひとりであった。8時だョ!全員集合等ではコントにおいても非凡な才能を見せる。
志村けんとの「夫婦コント」はお茶の間だけでなく、脚本家や放送作家からも絶賛する声が多かった。演技の素養はおり、1978年に東宝歌舞伎の大御所、長谷川一夫の直指名により『おはん長右衛門』で初舞台ながら長谷川一夫の相手役を務めて好演、 2年後の1980年には主演ミュージカル『アニーよ銃を取れ』が高く評価され、当時史上最年少で芸術祭優秀賞を受賞した。この頃から歌手として女優としての活動に比重が置かれるようになっていき、1983年に発売された小椋佳作曲のシングル『眉月夜』を歌手活動を止め、完全に女優へ転身。その後、数多くの映画、舞台、テレビドラマに出演した。レコード、映画、舞台、テレビ、エッセイ等の分野で得た賞の質と数は屈指のものである。中三トリオの中でも、背が高くスタイルが良かったため、グラビア写真のオファーが殺到し、『平凡』などでグラビアを飾った。
喋り方に特徴がサ行の発音がのまね番組などで真似されていた。
小林聡美が披露していた。ためアイドルでありながら70年代後半にはトラクターのCMに起用され、そのギャップが話題になった。
「やっぱり早苗さべさ」と秋田弁で紹介しているが、後にドリフで発揮されるコメディリリーフとしてのセンスが垣間みられる。
桜田淳子 合同結婚式以降
1992年6月30日、5日前の山崎浩子の記者会見に統一教会の合同結婚式に参加することを記者会見で表明して世間を驚かせた。
姉が統一教会に入信しており、合同結婚式で結ばれた姉夫婦の姿に感化され(姉夫婦は既に脱会している)、桜田自身も15年前(19歳頃)から入信していたことを自ら明らかにした。東伸行と結ばれ、夫の地元の福井県敦賀市に移り住んだ。統一教会の様々な中で、社会問題と「霊感商法」についてコメントを「普通のビジネス」などと答えたことが霊感商法を擁護したとして批判を呼んだ。
現在まで、桜田自身が勧誘や霊感商法等の裁判で直接告訴された事実はない。その頃、かつて所属していた事務所サンミュージックの相沢秀禎社長に壷を売りつけていたのでは?と報じられたが、これについても「教会の講義を一度聞いてみたい」と桜田本人に頼み、紹介された関係者から後日購入したものであることを社長自身が明らかにしており、さらに桜田、社長双方共に「売りつけた、買わされたということではない」と述べている。その後も桜田が信者の集会や教会関連のイベントで講演したりしたことから「統一教会の広告塔」とされワイドショー等で批判を浴びた。そのような中で発言が誤解を生むのを避けるためか、結婚後の時期からは、自筆の手紙のみである。
理由で当たり役だった『細雪』の舞台(四女役)の降板を自ら申し出たことなどから、結婚後は仕事を干されたかのように報じられているが、1994年に長男を、1996年に長女、1998年には次女を出産し(いずれも自宅で自然分娩)子育てに専念していた間も映画出演等の具体的な出演依頼はいくつか来ており、関係者や本人によれば「子育てで身動きが取れない」という理由で全て断っていたという。関西に移り住む。自らの自筆メッセージを寄せてファンを喜ばせた。その後も桜田が統一教会関連の集会で講演したり、歌を披露したりしている姿が日刊ゲンダイの芸能記事では、夫は統一教会の幹部に報じられたが、2006年12月19日発売の「女性自身」での夫への直撃インタビューによれば、現在は資産運用で生計を立てているとのことである。
桜田淳子 近況
2006年11月24日にはエッセイ集『アイスルジュンバン』(集英社)が発売された。
触れ合い等について書いており、その良妻賢母ぶりに共感する声もあがる一方で、合同結婚式に参加し、マスコミから広告塔として騒がれたことについて一切触れていないとして、ワイドショーや週刊誌記事では軒並み批判的な論調が多かった。おり、著書の中で統一教会に触れなかった「隠したつもりはありません、ただ(教会のことについて)発言することでまた泥仕合になるのは避けたい、だから弁明するつもりもありません。」と答えている。もしており、エッセイの出版や東京への引越もその足がかりでは?とふんだマスコミによる「桜田淳子 芸能界復帰」の憶測報道もなされたが、2008年現在目立った活動は行っていない。鳥(1973年8月25日) - 日本レコード大賞最優秀新人賞受賞 花物語(1973年11月5日) - 初のオリコン・ベストテン入り 出来事(1974年12月5日) - オリコン・第1位獲得 十七の夏(1975年6月5日) - 日本レコード大賞大衆賞受賞 夏にご用心(1976年5月25日) - 日本歌謡大賞放送音楽賞受賞 気まぐれヴィーナス(1977年5月15日) - 日本レコード大賞候補ノミネート しあわせ芝居(1977年11月5日) - 日本レコード大賞金賞受賞 リップスティック(1978年6月5日) サンタモニカの風(1979年2月25日) - 日本歌謡大賞プロデューサー連盟賞受賞 化粧(1981年1月1日)
桜田淳子 シングル
A面タイトル 発売日 作詞 作曲 編曲 備考
天使も夢みる 1973年2月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 天使の初恋 1973年5月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 わたしの青い鳥 1973年8月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 花物語 1973年11月5日 阿久悠 中村泰士 あかのたちお 三色すみれ 1974年2月25日 阿久悠 中村泰士 馬飼野康二
黄色いリボン 1974月5月25日 阿久悠 森田公一 森田公一 花占い 1974年8月25日 阿久悠 中村泰士 あかのたちお 原案は雑誌『月刊明星』で公募 はじめての出来事 1974年12月5日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 ひとり歩き 1975年3月5日 阿久悠 筒美京平 筒美京平 主演映画「スプーン一杯の幸せ」主題歌 白い風よ 1975年5月10日 石森史郎 桑原研郎 竜崎孝路 NHK朝の連続テレビ小説『水色の時』主題歌 十七の夏 1975月6月5日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 天使のく 1975年8月25日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 ゆれてる私 1975年11月25日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 泣かないわ 1976年2月25日 阿久悠 森田公一 萩田光雄 夏にご用心 1976年5月25日 阿久悠 森田公一 高田弘 ねえ!気がついてよ 1976年8月25日 阿久悠 大野克夫 大野克夫 もうふり向いて 1976年12月5日 阿久悠 穂口雄右 高田弘 あなたの 1977年2月25日 阿久悠 和泉常寛 船山基紀 気まぐれヴィーナス 1977年5月15日 阿久悠 森田公一 船山基紀
もう戻れない 1977年9月5日 阿久悠 筒美京平 船山基紀 しあわせ芝居 1977年11月5日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 追いかけてヨコハマ 1978年2月25日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 リップスティック 1978年6月5日 松本隆 筒美京平 筒美京平
20才になれば 1978年9月5日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 冬色の街 1978年12月25日 橋本淳 中村泰士 萩田光雄 サンタモニカの風 1979年2月25日 阿久悠 萩田光雄 萩田光雄 ナショナルエアコンCMイメージ曲。
MISS KISS 1979年5月25日 阿久悠 佐藤準 佐藤準
パーティーイズオーバー 1979年8月25日 伊藤薫 伊藤薫 松井忠重
LADY 1979年11月25日 尾崎亜美 尾崎亜美 鈴木茂
美しい夏 1980年4月21日 康珍化 馬飼野康二 船山基紀 夕暮れはラブソング 1980年7月21日 岡本おさみ 深町純 深町純 神戸で逢えたら 1980年10月21日 三浦徳子 鈴木邦彦 鈴木邦彦・松井忠重 化粧 1981年1月1日 中島みゆき 中島みゆき 大村雅朗 中島のアルバム『愛していると云ってくれ』収録曲のカヴァー 玉ねぎむいたら… 1981年5月1日 山上路夫 平尾昌晃 船山基紀 TBSテレビドラマ『玉ねぎむいたら…』主題歌 ミスティー 1981年6月5日 小林和子 小田裕一郎 大村雅朗
This is a Boogie 1981年9月21日 実川俊 小田裕一郎 大村雅朗
窓 1982年8月5日 犬丸秀 犬丸秀 青木望 2005年4月、早風美里がカヴァー。
眉月夜 1983年9月5日 茅野遊 小椋佳 奥慶一
桜田淳子 出演
桜田淳子 映画
スプーン一杯の幸せ (松竹 1975年) 花の高二トリオ・初恋時代 (東宝 1975年) 男は葛飾立志篇 (松竹 1975年) 遺書・白い少女 (松竹 1976年) 若い人 (東宝 1977年) 愛情の設計 (松竹 1977年) 愛の嵐の中で (東宝 1978年) 病院坂の首縊りの家 (東宝 1979年) 動乱 (東映 1980年) イタズ (東映 1987年) 海へ see you (東宝 1988年) 善人の条件 (松竹 1989年) 花の降る午後 (松竹 1989年) オーロラの下で (東映 1990年) 白い手 (東宝 1990年) 曼荼羅 若き日の弘法大師 (東宝東和 1990年) お引越し (日本ヘラルド映画 1992年)
桜田淳子 ドラマ
てんつくてん(1974年、日本テレビ)三波伸介、森昌子等と共演。
江戸プロフェッショナル・必殺商売人(1978年、ABC・松竹)オープニングのナレーションを担当。
ぐるま(1978年、日本テレビ) 愛の教育(1980年、TBS) 玉ねぎむいたら…(1981年、TBS) 街〜若者たちは今(1982年、NHK) はらぺこ同志(1982年、TBS) 水戸黄門 第13部(1982年 TBS・C.A.L.)第8話「悲願を秘めた蜆売り・吉田」 柏木妙役 外科医 城戸修平(1983年、TBS) 25歳たち〜危うい予感(1984年、日本テレビ) 許せない結婚(1985年、TBS) 季節はずれの蜃気楼(1985年、NHK) 澪つくし(1985年、NHK朝の連続TV小説) 独眼竜政宗(1987年、NHK大河ドラマ) ニューヨーク恋物語(1988年、フジテレビ) 池中玄太80キロ(第3期)(1989年、日本テレビ) 世にも奇妙な物語 『ゴミが捨てられない』(1990年、フジテレビ系) 男と女のミステリー『プアゾンの匂う女』(1991年、フジテレビ系) 世にも奇妙な物語 『8時50分』(1991年、フジテレビ系) 居酒屋兆治 (1992年、フジテレビ系)
桜田淳子 CM
ヰセキ田植機『さなえ』シリーズ(1975 - 1982年) ダリヤ
江崎グリコ(マカナッツチョコ、コメッコ、パリポアイス、知床しぶき) 尾崎商事『カンコー学生服』(1974 - 1977年) 東洋証券
わかもと製薬 強力わかもと 学習研究社 中一コース
エスエス製薬(エスタック、ブロン) 日本ビクター 純白カラーテレビ
小林製薬(ハナエ・モリ芳香剤) 日本電信電話公社(現・NTT) リンレイ
桜田淳子 舞台
おはん長右衛門(1978年10月 東京宝塚) おはん長右衛門(1980年3月 新歌舞伎座) アニーよ銃をとれ(1980年10月 新宿コマ) 大奥最後の日(1983.年5月 帝国劇場) アニーよ銃をとれ(1983.年9月 シアターアプル) 細雪(1984.年2月 東京宝塚) リトルショップ・オブ・ホラーズ(1984年8月 博品館劇場) 細雪(1985年5月 東京宝塚) 細雪(1985年8月 国立文楽劇場) エドの舞踏会(1986年2月 東京宝塚) 細雪(1986年3月 中日劇場) 十二夜(1986年7月 日生劇場) アニーよ銃をとれ(1986年10月 シアターアプル) 女坂(1988年1月 東京宝塚) 細雪(1988年5月 東京宝塚) 細雪(1989年1月 国立文楽劇場) 野田版・国姓爺合戦(1989年11月 銀座セゾン) 細雪(1990年10月 東京宝塚) 細雪(1990年11月中日劇場) 楡家の人びと(1991年5月 東京宝塚) 墨東綺譚(1991年11月帝国劇場)
桜田淳子 紅白歌合戦
『黄色いリボン』 『はじめての出来事』 『夏にご用心』 『気まぐれヴィーナス』 『しあわせ芝居』 『サンタモニカの風』 『美しい夏』 『This is a "Boogie"』 『セーラー服と機関銃』
桜田淳子 バラエティ番組
霊感ヤマカン第六感(ABC) 8時だョ!全員集合(TBS) ドリフ大爆笑(フジテレビ) 笑っていいとも!・テレフォンショッキング 出演1回目(1982年10月4日(月))テレフォンショッキングの記念すべき第1回目に出演、お友達紹介は土居甫。
出演、お友達紹介は世良公則。
三田村邦彦から紹介を受けて出演、お友達紹介は小林稔侍。
ゲストとして出演。
西田敏行・桜田淳子の正解(TBS)
桜田淳子 著作
『テレビ人生!「そんなわけで!!」録』 池田文雄著 コアラブックス(イラストを担当) 1985年12月 『神様がくれた贈り物(シルク)』 角川書店 1992年9月 ISBN:4041834015 『アイスルジュンバン 愛する順番』 集英社 2006年11月 ISBN:4087804518
桜田淳子 受賞歴
1973年度
日本歌謡大賞 放送音楽新人賞『わたしの青い鳥』の歌唱 新宿音楽祭 銀賞
日本レコード大賞 最優秀新人賞『わたしの青い鳥』の歌唱 1974年度
NHK『紅白歌合戦』出場 以降9年連続出場(〜1982年) 1975年度
日本レコード大賞 大衆賞『十七の夏』の歌唱 オリコン・レコード年間シングル売り上げ個人 第一歌唱 ブルーリボン賞 グラビア賞
エランドール賞 新人賞 映画『スプーン一杯の幸福』 1976年度
日本テレビ音楽祭 敢闘賞受賞
全日本歌謡祭 ベストアクション賞
日本歌謡大賞放送音楽賞
1977年度
日本テレビ音楽祭 特別演技 1986年度
昭和六十一年度芸術選奨 大衆芸能新人賞
1987年度
第13回菊田一夫演劇賞 演劇賞 舞台『女坂』の演技 1988年度
第62回キネマ旬報 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 第12回第日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 第43回毎日新聞映画コンクール 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 報知映画賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 1990年度
第14回日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技 報知映画賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技 1991年度
第12回日本文芸大賞 ルポルタージュ賞 シルクロード探検ルポ『神様がくれた贈り物』 1993年度
第67回キネマ旬報 助演女優賞 映画『お引っ越し』の演技 第48回毎日新聞映画コンクール 助演女優賞 映画『お引っ越し』の演技
本名:東 淳子
旧姓は櫻田
元女優、歌手である。重度の近眼。→国本女子高等学校(転入)卒業。
桜田淳子 来歴
桜田淳子 歌手として・女優として1972年(昭和47年)、中学2年生(14歳)の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』で優勝し、25社から獲得の意向を示すプラカードが上がった。
自伝「いつだって青春。」によれば当初桜田はホリプロ入りの意向を政治力でサンミュージックに所属する事になったという。翌1973年(昭和48年)2月25日に『天使も夢みる』で歌手としてデビューし、たちまち人気アイドルとなり、山口百恵・森昌子と共に中三トリオ(当時)と呼ばれた。ヒットで、日本レコード大賞最優秀新人賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。ヒットチャートのベストテン常連となり、『はじめての出来事』ではオリコンの第1位を獲得。
その後も『十七の夏』『夏にご用心』『気まぐれヴィーナス』『しあわせ芝居』『リップスティック』『サンタモニカの風』等々、数々のヒットを飛ばした。シングルは累計で600万枚近くを売り上げ、18曲をチャートのベストテンに送り込んでいる。オリコン・シングルレコード売り上げ年間第1位、ブロマイドや各種人気投票でも女性歌手部門で1位になるなど、トップアイドルのひとりであった。8時だョ!全員集合等ではコントにおいても非凡な才能を見せる。
志村けんとの「夫婦コント」はお茶の間だけでなく、脚本家や放送作家からも絶賛する声が多かった。演技の素養はおり、1978年に東宝歌舞伎の大御所、長谷川一夫の直指名により『おはん長右衛門』で初舞台ながら長谷川一夫の相手役を務めて好演、 2年後の1980年には主演ミュージカル『アニーよ銃を取れ』が高く評価され、当時史上最年少で芸術祭優秀賞を受賞した。この頃から歌手として女優としての活動に比重が置かれるようになっていき、1983年に発売された小椋佳作曲のシングル『眉月夜』を歌手活動を止め、完全に女優へ転身。その後、数多くの映画、舞台、テレビドラマに出演した。レコード、映画、舞台、テレビ、エッセイ等の分野で得た賞の質と数は屈指のものである。中三トリオの中でも、背が高くスタイルが良かったため、グラビア写真のオファーが殺到し、『平凡』などでグラビアを飾った。
喋り方に特徴がサ行の発音がのまね番組などで真似されていた。
小林聡美が披露していた。ためアイドルでありながら70年代後半にはトラクターのCMに起用され、そのギャップが話題になった。
「やっぱり早苗さべさ」と秋田弁で紹介しているが、後にドリフで発揮されるコメディリリーフとしてのセンスが垣間みられる。
桜田淳子 合同結婚式以降
1992年6月30日、5日前の山崎浩子の記者会見に統一教会の合同結婚式に参加することを記者会見で表明して世間を驚かせた。
姉が統一教会に入信しており、合同結婚式で結ばれた姉夫婦の姿に感化され(姉夫婦は既に脱会している)、桜田自身も15年前(19歳頃)から入信していたことを自ら明らかにした。東伸行と結ばれ、夫の地元の福井県敦賀市に移り住んだ。統一教会の様々な中で、社会問題と「霊感商法」についてコメントを「普通のビジネス」などと答えたことが霊感商法を擁護したとして批判を呼んだ。
現在まで、桜田自身が勧誘や霊感商法等の裁判で直接告訴された事実はない。その頃、かつて所属していた事務所サンミュージックの相沢秀禎社長に壷を売りつけていたのでは?と報じられたが、これについても「教会の講義を一度聞いてみたい」と桜田本人に頼み、紹介された関係者から後日購入したものであることを社長自身が明らかにしており、さらに桜田、社長双方共に「売りつけた、買わされたということではない」と述べている。その後も桜田が信者の集会や教会関連のイベントで講演したりしたことから「統一教会の広告塔」とされワイドショー等で批判を浴びた。そのような中で発言が誤解を生むのを避けるためか、結婚後の時期からは、自筆の手紙のみである。
理由で当たり役だった『細雪』の舞台(四女役)の降板を自ら申し出たことなどから、結婚後は仕事を干されたかのように報じられているが、1994年に長男を、1996年に長女、1998年には次女を出産し(いずれも自宅で自然分娩)子育てに専念していた間も映画出演等の具体的な出演依頼はいくつか来ており、関係者や本人によれば「子育てで身動きが取れない」という理由で全て断っていたという。関西に移り住む。自らの自筆メッセージを寄せてファンを喜ばせた。その後も桜田が統一教会関連の集会で講演したり、歌を披露したりしている姿が日刊ゲンダイの芸能記事では、夫は統一教会の幹部に報じられたが、2006年12月19日発売の「女性自身」での夫への直撃インタビューによれば、現在は資産運用で生計を立てているとのことである。
桜田淳子 近況
2006年11月24日にはエッセイ集『アイスルジュンバン』(集英社)が発売された。
触れ合い等について書いており、その良妻賢母ぶりに共感する声もあがる一方で、合同結婚式に参加し、マスコミから広告塔として騒がれたことについて一切触れていないとして、ワイドショーや週刊誌記事では軒並み批判的な論調が多かった。おり、著書の中で統一教会に触れなかった「隠したつもりはありません、ただ(教会のことについて)発言することでまた泥仕合になるのは避けたい、だから弁明するつもりもありません。」と答えている。もしており、エッセイの出版や東京への引越もその足がかりでは?とふんだマスコミによる「桜田淳子 芸能界復帰」の憶測報道もなされたが、2008年現在目立った活動は行っていない。鳥(1973年8月25日) - 日本レコード大賞最優秀新人賞受賞 花物語(1973年11月5日) - 初のオリコン・ベストテン入り 出来事(1974年12月5日) - オリコン・第1位獲得 十七の夏(1975年6月5日) - 日本レコード大賞大衆賞受賞 夏にご用心(1976年5月25日) - 日本歌謡大賞放送音楽賞受賞 気まぐれヴィーナス(1977年5月15日) - 日本レコード大賞候補ノミネート しあわせ芝居(1977年11月5日) - 日本レコード大賞金賞受賞 リップスティック(1978年6月5日) サンタモニカの風(1979年2月25日) - 日本歌謡大賞プロデューサー連盟賞受賞 化粧(1981年1月1日)
桜田淳子 シングル
A面タイトル 発売日 作詞 作曲 編曲 備考
天使も夢みる 1973年2月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 天使の初恋 1973年5月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 わたしの青い鳥 1973年8月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 花物語 1973年11月5日 阿久悠 中村泰士 あかのたちお 三色すみれ 1974年2月25日 阿久悠 中村泰士 馬飼野康二
黄色いリボン 1974月5月25日 阿久悠 森田公一 森田公一 花占い 1974年8月25日 阿久悠 中村泰士 あかのたちお 原案は雑誌『月刊明星』で公募 はじめての出来事 1974年12月5日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 ひとり歩き 1975年3月5日 阿久悠 筒美京平 筒美京平 主演映画「スプーン一杯の幸せ」主題歌 白い風よ 1975年5月10日 石森史郎 桑原研郎 竜崎孝路 NHK朝の連続テレビ小説『水色の時』主題歌 十七の夏 1975月6月5日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 天使のく 1975年8月25日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 ゆれてる私 1975年11月25日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 泣かないわ 1976年2月25日 阿久悠 森田公一 萩田光雄 夏にご用心 1976年5月25日 阿久悠 森田公一 高田弘 ねえ!気がついてよ 1976年8月25日 阿久悠 大野克夫 大野克夫 もうふり向いて 1976年12月5日 阿久悠 穂口雄右 高田弘 あなたの 1977年2月25日 阿久悠 和泉常寛 船山基紀 気まぐれヴィーナス 1977年5月15日 阿久悠 森田公一 船山基紀
もう戻れない 1977年9月5日 阿久悠 筒美京平 船山基紀 しあわせ芝居 1977年11月5日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 追いかけてヨコハマ 1978年2月25日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 リップスティック 1978年6月5日 松本隆 筒美京平 筒美京平
20才になれば 1978年9月5日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 冬色の街 1978年12月25日 橋本淳 中村泰士 萩田光雄 サンタモニカの風 1979年2月25日 阿久悠 萩田光雄 萩田光雄 ナショナルエアコンCMイメージ曲。
MISS KISS 1979年5月25日 阿久悠 佐藤準 佐藤準
パーティーイズオーバー 1979年8月25日 伊藤薫 伊藤薫 松井忠重
LADY 1979年11月25日 尾崎亜美 尾崎亜美 鈴木茂
美しい夏 1980年4月21日 康珍化 馬飼野康二 船山基紀 夕暮れはラブソング 1980年7月21日 岡本おさみ 深町純 深町純 神戸で逢えたら 1980年10月21日 三浦徳子 鈴木邦彦 鈴木邦彦・松井忠重 化粧 1981年1月1日 中島みゆき 中島みゆき 大村雅朗 中島のアルバム『愛していると云ってくれ』収録曲のカヴァー 玉ねぎむいたら… 1981年5月1日 山上路夫 平尾昌晃 船山基紀 TBSテレビドラマ『玉ねぎむいたら…』主題歌 ミスティー 1981年6月5日 小林和子 小田裕一郎 大村雅朗
This is a Boogie 1981年9月21日 実川俊 小田裕一郎 大村雅朗
窓 1982年8月5日 犬丸秀 犬丸秀 青木望 2005年4月、早風美里がカヴァー。
眉月夜 1983年9月5日 茅野遊 小椋佳 奥慶一
桜田淳子 出演
桜田淳子 映画
スプーン一杯の幸せ (松竹 1975年) 花の高二トリオ・初恋時代 (東宝 1975年) 男は葛飾立志篇 (松竹 1975年) 遺書・白い少女 (松竹 1976年) 若い人 (東宝 1977年) 愛情の設計 (松竹 1977年) 愛の嵐の中で (東宝 1978年) 病院坂の首縊りの家 (東宝 1979年) 動乱 (東映 1980年) イタズ (東映 1987年) 海へ see you (東宝 1988年) 善人の条件 (松竹 1989年) 花の降る午後 (松竹 1989年) オーロラの下で (東映 1990年) 白い手 (東宝 1990年) 曼荼羅 若き日の弘法大師 (東宝東和 1990年) お引越し (日本ヘラルド映画 1992年)
桜田淳子 ドラマ
てんつくてん(1974年、日本テレビ)三波伸介、森昌子等と共演。
江戸プロフェッショナル・必殺商売人(1978年、ABC・松竹)オープニングのナレーションを担当。
ぐるま(1978年、日本テレビ) 愛の教育(1980年、TBS) 玉ねぎむいたら…(1981年、TBS) 街〜若者たちは今(1982年、NHK) はらぺこ同志(1982年、TBS) 水戸黄門 第13部(1982年 TBS・C.A.L.)第8話「悲願を秘めた蜆売り・吉田」 柏木妙役 外科医 城戸修平(1983年、TBS) 25歳たち〜危うい予感(1984年、日本テレビ) 許せない結婚(1985年、TBS) 季節はずれの蜃気楼(1985年、NHK) 澪つくし(1985年、NHK朝の連続TV小説) 独眼竜政宗(1987年、NHK大河ドラマ) ニューヨーク恋物語(1988年、フジテレビ) 池中玄太80キロ(第3期)(1989年、日本テレビ) 世にも奇妙な物語 『ゴミが捨てられない』(1990年、フジテレビ系) 男と女のミステリー『プアゾンの匂う女』(1991年、フジテレビ系) 世にも奇妙な物語 『8時50分』(1991年、フジテレビ系) 居酒屋兆治 (1992年、フジテレビ系)
桜田淳子 CM
ヰセキ田植機『さなえ』シリーズ(1975 - 1982年) ダリヤ
江崎グリコ(マカナッツチョコ、コメッコ、パリポアイス、知床しぶき) 尾崎商事『カンコー学生服』(1974 - 1977年) 東洋証券
わかもと製薬 強力わかもと 学習研究社 中一コース
エスエス製薬(エスタック、ブロン) 日本ビクター 純白カラーテレビ
小林製薬(ハナエ・モリ芳香剤) 日本電信電話公社(現・NTT) リンレイ
桜田淳子 舞台
おはん長右衛門(1978年10月 東京宝塚) おはん長右衛門(1980年3月 新歌舞伎座) アニーよ銃をとれ(1980年10月 新宿コマ) 大奥最後の日(1983.年5月 帝国劇場) アニーよ銃をとれ(1983.年9月 シアターアプル) 細雪(1984.年2月 東京宝塚) リトルショップ・オブ・ホラーズ(1984年8月 博品館劇場) 細雪(1985年5月 東京宝塚) 細雪(1985年8月 国立文楽劇場) エドの舞踏会(1986年2月 東京宝塚) 細雪(1986年3月 中日劇場) 十二夜(1986年7月 日生劇場) アニーよ銃をとれ(1986年10月 シアターアプル) 女坂(1988年1月 東京宝塚) 細雪(1988年5月 東京宝塚) 細雪(1989年1月 国立文楽劇場) 野田版・国姓爺合戦(1989年11月 銀座セゾン) 細雪(1990年10月 東京宝塚) 細雪(1990年11月中日劇場) 楡家の人びと(1991年5月 東京宝塚) 墨東綺譚(1991年11月帝国劇場)
桜田淳子 紅白歌合戦
『黄色いリボン』 『はじめての出来事』 『夏にご用心』 『気まぐれヴィーナス』 『しあわせ芝居』 『サンタモニカの風』 『美しい夏』 『This is a "Boogie"』 『セーラー服と機関銃』
桜田淳子 バラエティ番組
霊感ヤマカン第六感(ABC) 8時だョ!全員集合(TBS) ドリフ大爆笑(フジテレビ) 笑っていいとも!・テレフォンショッキング 出演1回目(1982年10月4日(月))テレフォンショッキングの記念すべき第1回目に出演、お友達紹介は土居甫。
出演、お友達紹介は世良公則。
三田村邦彦から紹介を受けて出演、お友達紹介は小林稔侍。
ゲストとして出演。
西田敏行・桜田淳子の正解(TBS)
桜田淳子 著作
『テレビ人生!「そんなわけで!!」録』 池田文雄著 コアラブックス(イラストを担当) 1985年12月 『神様がくれた贈り物(シルク)』 角川書店 1992年9月 ISBN:4041834015 『アイスルジュンバン 愛する順番』 集英社 2006年11月 ISBN:4087804518
桜田淳子 受賞歴
1973年度
日本歌謡大賞 放送音楽新人賞『わたしの青い鳥』の歌唱 新宿音楽祭 銀賞
日本レコード大賞 最優秀新人賞『わたしの青い鳥』の歌唱 1974年度
NHK『紅白歌合戦』出場 以降9年連続出場(〜1982年) 1975年度
日本レコード大賞 大衆賞『十七の夏』の歌唱 オリコン・レコード年間シングル売り上げ個人 第一歌唱 ブルーリボン賞 グラビア賞
エランドール賞 新人賞 映画『スプーン一杯の幸福』 1976年度
日本テレビ音楽祭 敢闘賞受賞
全日本歌謡祭 ベストアクション賞
日本歌謡大賞放送音楽賞
1977年度
日本テレビ音楽祭 特別演技 1986年度
昭和六十一年度芸術選奨 大衆芸能新人賞
1987年度
第13回菊田一夫演劇賞 演劇賞 舞台『女坂』の演技 1988年度
第62回キネマ旬報 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 第12回第日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 第43回毎日新聞映画コンクール 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 報知映画賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技 1990年度
第14回日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技 報知映画賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技 1991年度
第12回日本文芸大賞 ルポルタージュ賞 シルクロード探検ルポ『神様がくれた贈り物』 1993年度
第67回キネマ旬報 助演女優賞 映画『お引っ越し』の演技 第48回毎日新聞映画コンクール 助演女優賞 映画『お引っ越し』の演技
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